25年前の1986年に、旧ソ連のチェルノブイリというところで、最大級の原発事故が起こり、大惨事を招いたことは、 ほとんどの大人が知っていました。また、16年前の平成7年1月17日午前5時46分に起こった阪神淡路大震災(マグニチュード7.3)は、 皆の記憶に鮮烈に残っていました。さらに、日本の大震災といえば、 大正12年(1923年)の関東大震災(マグニチュード7.9)であり、日本の大津波といえば、 明治29年(1896年)の明治三陸地震(マグニチュード8.2―8.5)による津波と言われていました。ところが、 今回の3月11日午後2時46分に三陸沖を震源地とする大地震は、マグニチュード9.0で関東大震災を上回り、それに伴う津波は、 明治三陸地震の際の津波の高さをはるかに越えるものでした。この地震と津波による福島第一原発の事故は、 チェルノブイリの事故と同じ最悪のレベル7ということで、ここから漏れ出した放射性物質は、津波に根こそぎさらわれ、 瓦礫だけが残る広大な土地に、そして人々の上に、今でも降り注いでいます。

阪神淡路大震災から3か月後に発行した本誌第7号では、「愛する人や物を失ったとき―災害後の心の傷を癒すためにー」を掲載し、 対象喪失の心的影響と恐怖体験の後遺症としての心的外傷後ストレス障害(PTSD)から子どもたちの心を癒すために必要なものは、 基本的なレベルでの安心感であることを説いています。今度の大震災直後の激変する環境から3か月を経たこれから、 潜伏期を過ぎたPTSDなどを発症する子どもたちが出てくることが予想されます。臨床心理士、スクールカウンセラー、担任の先生、 養護室の先生、そして地域の大人たちがスクラムを組んで、子どもたちに基本的な安心感を与えてほしいと願わずにはいられません。


第1 思いやり ・ 絆 ・ 友だち

東北の震災地の状況や福島の原発事故の状況を知るためにテレビにかじりついていた人々は、 数分おきに繰り返し流されたAC ジャパンの三つのコマーシャルを忘れることはないと思います。 一つは、高校生らしい男の子が電車の中で妊婦に気づきながら声をかけられず、 石段を苦労して登る老婆を見ながら一旦は無視して追い越しながら、思い直して手を貸して一緒に登ります。 「心は目に見えないけれど、心づかいはだれにでも見える。 思いは目に見えないけれど、思いやりはだれにでも見える」ことを教えるものです。 次は、幼い男の子が父親らしい人と手をつないで歩いて行く後ろ姿、女の子が母親らしい人と笑い声を上げながら手をつなごうとする姿、 抱き上げられて嬉しそうな声を上げる女の子の姿です。子どもが求める絆の強さを感じさせるものです。 最後は、「「遊ぼう」っていうと「遊ぼう」っていう」で始まる金子みすゞの詩「こだまでしょうか」を映像化したものです。 そばにいて、すべてをそのまま受け入れてくれるだけでいい友だちの存在の大きさを訴えるものです。 ACジャパンは、一般のコマーシャルが自粛されているこの時期に、最も必要な人と人とのつながりの大事さを訴えたかったのでしょう。

第2 献身 ・ ボランティア ・ 世界の人々

大震災後間もない東京のコンビニで、お菓子の袋を持ってレジに並んでいた小学1年生ぐらいの子が、お菓子の袋を元の場所にもどし、 手に握りしめていた硬貨をレジの横に置いてあった義援金箱に入れて立ち去ったという目撃談が報じられました。

押し寄せる津波の中で、流されて物につかまっていた中3の男の子が、子どもを抱いた母親が流れてきたのをつかまえて 一緒に流されながらも助け出し、避難所に運んでいったという話も報じられました。

中学生たちが、水のない避難所に、毎日重たい水を背負ってひと山越えて届けたという、このような美談は毎日のように報じられていました。

避難所においても、小学生たちが結成した肩叩き隊、薪拾い隊、配膳手伝い隊が、一緒に暮らすお年寄りの肩叩きを行っている様子、 炊事や焚き火用の薪拾いをしている様子、配膳を手伝っている様子がテレビで放映されていました。 子どもたちも、何かしてもらうだけではなく、自分たちも何か人の役に立ちたいという自助、共助の気持ちを持ったのでしょう。

  岩手、宮城、福島の3県にある475か所の保育所が津波に襲われながら、園児全員を避難させて1人の犠牲者も出さなかった保育士たちの、 万一の場合に備えての用意周到な対策と実際の場面で迷うことなく、それを実行した信念には頭が下がります。 

阪神淡路の震災のときもそうでしたが、今回の被災地にも全国から義援金、支援物資が届けられ、 自衛隊員や機動隊員は黙々と生存者や遺体を探し、全国から駆けつけたボランティアは献身的に泥土や瓦礫を片付け、 米軍はトモダチ作戦と称して、孤立した避難場所にヘリで支援物資を届けました。

国内国外を問わず、スポーツ選手は、「頑張ろう!日本」、「絆」、「わたしたちはあなた方のそばにいます」 というメッセージを送り続けました。芸能人は、被災地を訪問しては、炊き出しをし、歌やコントで慰め、 避難所の人々に笑顔と元気を取り戻させました。 

東京近辺では、膨大な数の帰宅難民が、学校の講堂などに泊まり込んだり、深夜に動き出した電車に乗ろうと長蛇の列ができたりしました。 外国のメディアは、文句も言わずに整然と避難所で生活する避難者や、黙々と長蛇の列に並んでいるサラリーマンや、 駅の階段に座る人々が真ん中は人が通れるように空けている写真などを添えて、「未曾有の大震災は、建物などは根こそぎ破壊したが、 その後には高貴な精神が立っていた」とか、「物は壊れても心は壊れていない」などと報じていたとのことです。

「白熱教室」で世界的に有名なハーバード大学のマイケル・サンデル教授は、震災から約1か月後に、インターネット中継を通じて東京、 上海及びボストンの学生等を相手に特別講義を行っています。 講義は、ニューヨーク・タイムズの3月26日付けの「日本での混乱の中での、秩序と礼節、悲劇に直面しての冷静さと自己犠牲、 静かな勇敢さ、これらはまるで日本人の国民性に織り込まれている特性のようだ」という記事をどう考えるかから始まりました。 討論の末、サンデル教授は、最後に「日本の人々の痛み、苦しみを私たちは分かち合うことができる。 それだけではなく、日本人が見せてくれた素晴らしい人間性や功績を、 まるで自分のことのように誇りに思うことができるということだ」と締めくくっています。 (「マイケル・サンデル大震災特別講義 私たちはどう生きるのか」(NHK出版)より)

第3 対象喪失と心的外傷後ストレス障害(PTSD)

厚労省の4月8日現在のまとめでは、この震災で両親を亡くしたか、行方不明になっている「震災孤児」(18歳未満)は82人で、 片親を亡くした子どもの数は、把握できていないようですが、阪神淡路大震災の時は、兵庫県だけで震災孤児は68人、 片親を亡くした子は332人であったとのことですから、今度の震災で片親を亡くした子どもの数は、これをはるかに超えるものと思われます。 きょうだいや祖父母、親友や仲間、可愛がっていたペット、想い出の品など、大事なものを失った子の数は、膨大なものとなるでしょう。

避難所を慰問したある歌手が、「嬉しそうに遊んでいる子どもの後ろ姿が寂しそうで涙がこぼれる」と話していたのが印象的でした。 「親やきょうだいを亡くした子どもに、どう話しかけたらよいか」という質問に、ある人は、「ただ黙って抱きしめてください」と言い、 ある人は、「優しいという字は、憂いのそばに寄り添う人のことだから、 子どもたちにいつもそばにいるよという安心感を与えてください」と言います。そして、「いつか子どもたちが話し始めたとき、 詩人金子みすゞの優しさで聴いてやってください」と言います。

しかし、心の傷が深く、次のような症状が見られるときは、心的外傷後ストレス障害(Post-traumatic Stress Disorder―PTSD)を発症している心配があります。

  1. 被災時の記憶が繰り返し生々しく思い出され、悪夢にうなされ、眠れない。
  2. 疲労感や食欲不振が続く。
  3. 些細なことにおびえる。
  4. イライラして突然怒り出す。
  5. 簡単なことにも集中できない。
  6. 自分が生き延びたことに罪悪感を覚える。
  7. 周囲に無関心、無反応になる。

周囲の人は専門の精神科医に相談し、必要な治療を受けさせるべきです。死ぬほどの恐怖体験をし、親、家族、友達、家、学校、 想い出の品など、ありとあらゆる大事なものを失ったうえに、更にその後遺症で苦しみ続けなければならない子どもたちがいることを心に刻み、 私たち大人は、常にそのそばに寄り添う人間でありたいと思います。

第4 これからを生きる君たちへ−校長先生からのメッセージ

まだ余震も収まらない3月15日、万止むを得ず卒業式の中止を決定した埼玉県の立教新座高校の渡辺憲司校長の言葉が同校のホームページに 掲載されました。 その言葉は、呆然として立ちすくむ人々の涙を誘い、やがて、それぞれの生に再び立ち向かう勇気を与え、 傷ついた日本を最初に鼓舞したとされるメッセージですが、その一部を紹介します。

「……いかなる困難に出会おうとも、自己を直視すること以外に道はない。いかに悲しみの淵に沈もうとも、 それを直視することの他に我々にすべはない。海を見つめ、大海に出よ。嵐にたけり狂っていても海に出よ。真っ正直に生きよ。 ……船出の時が来たのだ。想い出に沈殿するな。未来に向かえ。別れのカウントダウンが始まった。 忘れようとしても忘れえぬであろう大震災の時のこの卒業の時を忘れるな。 鎮魂の黒き喪章を胸に、今は真っ白の帆を上げる時なのだ。愛される存在から愛する存在に変われ。愛に受け身はない。 教職員一同とともに、諸君等のために真理の海への船出に高らかに銅鑼を鳴らそう。」 (「これからを生きる君たちへー校長先生たちからの心揺さぶるメッセージ」新潮社刊)


【「ふぁみりお」53号の記事・その他】

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