◆平成家族考 54


20世紀が終わろうとしていた2000年11月25日発行の本誌「ふぁみりお」第23号には、平成家族考「再び問う、『いま日本の子どもたちは幸せか』」を掲載していますが、その冒頭で次のように問いかけています。「20世紀が始まろうとする直前の1899年に、アメリカのシカゴに世界で最初の少年裁判所が創設されました。非行少年を大人の犯罪者とは異なる処遇理念のもとに、社会から子どもを守りながら更生させようという理念は、またたくまに全世界に広がりました。さらに1900年には、スウェーデンの教育家エレン・ケイ女史が『児童の世紀』という著作を出版し、20世紀は子どもの世紀であると謳い上げました。それから100年、期待されていた『児童の世紀』が終わろうとしていますが、20世紀の大人たちは、本当に子どもを幸せにすることができたのでしょうか」。そして、親の離婚に悩む子どもたち、いじめに苦しむ子どもたち、キレやすく変身しやすく育てられる子どもたち、厳罰を課すべきだとされる非行を犯した子どもたち、自分の価値を見出せずに苦しむ引きこもりの子どもたちの問題を踏まえて、最後を次のように締めくくっています。「社会から子どもたちを守れという今世紀初頭の理想は、いまや子どもたちから社会を守れに変わってしまったのでしょうか。この世紀末においてもなお、20世紀は本当に子どもの世紀だったと言えるのでしょうか。そして来るべき21世紀について、いま大人たちはどのような言葉を子どもたちに贈ることができるのでしょうか」

しかし、今回の民法の一部改正には、子の利益を損ねる親たちから子どもを守れという強いメッセージを感じます。FPICの養育費相談支援センターの運営委員である若林昌子先生(元明治大学法科大学院教授)は、同支援センターの「ニューズ・レター」第6号(平成23年8月10日発行)に、20世紀末から21世紀初頭にかけての子どもに関する法制や今回の民法の一部改正を踏まえて、「新しい「子ども法制」の幕開け」という論考を寄稿されています。今回の民法の一部改正が、「新しい「子ども法制」の幕開け」を象徴するものであれば、21世紀こそ本当の「子どもの世紀」になり得るかも知れません。

第1 民法第766条の改正

民法の一部改正は、平成23年5月27日に成立し、公布された同年6月3日から1年以内に施行されることになっています。

第766条は、いわゆる協議離婚に関する条項の一つです。協議離婚の問題点については、この「ふぁみりお」でも、再三にわたって取り上げてきましたが、この条項は、次のように改正されました。(太字斜体部分が改正又は追加された部分)


(離婚後の子の監護に関する事項の定め等)

第766条 父母が協議上の離婚をするときは、子の監護をすべき者、父又は母と子との面会及びその他の交流、子の監護に要する費用の分担その他の子の監護について必要な事項は、その協議で定める。この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。
2 前項の協議が調わないとき、又は協議することができないときは、家庭裁判所が、同項の事項を定める。
3 家庭裁判所は、必要があると認めるときは、前二項の規定による定め
を変更し、その他子の監護について相当な処分を命ずることができる。
4 前三項の規定によっては、監護の範囲外では、父母の権利義務に変更を生じない。
国会の附帯決議(平成23年4月26日衆議院法務委員会)
5 離婚後の面会交流及び養育費の支払い等については、児童の権利利益を擁護する観点から、離婚の際に取決めが行われるよう、明文化された趣旨の周知に努めること。また、その継続的な履行を確保するため、面会交流の場の確保、仲介支援団体等の関係者に対する支援、履行状況に関する統計・調査研究の実施など、必要な措置を講ずること。
国会の附帯決議(平成23年5月26日参議院法務委員会)
11 離婚後の面会交流及び養育費の支払い等について、児童の権利利益を擁護する観点から、離婚の際に取決めが行われるように明文化された趣旨の周知に努めるとともに、面会交流の円滑な実現及び継続的な養育費支払い等の履行を確保するための制度の検討、履行状況に関する統計・調査研究の実施等、必要な措置を講ずること。


FPICでは、平成6年からFPIC連続セミナー「子どもがいる夫婦の離婚」及びFPIC面接交渉セミナー「離婚後の親子の関係を考える」を開始し、養育費と面会交流の大切さを、17年間にわって力説してきました。

「ふぁみりお」第12号(平成9年1月25日発行)に掲載のFPIC連続セミナー「離婚後の親子の面会及び交流」の中で、「この権利(編注 面接交渉権)を明文化した規定は現行の法律にはありません。内容的には、民法第766条で協議離婚をするときに、父母が「子の監護をすべき者その他監護について必要な事項」を協議して定める場合の『その他』の事項に当たります。平成8年1月16日の民法改正要綱案では、『その他』の事項を『父又は母は子との面会及び交流、子の監護に要する費用の分担その他監護について必要な事項』と明定しています。前述の『面接ないし交渉』から『面会及び交流』という表現に落ち着く過程を経るなかで、雌伏30余年、遠からぬ日に『その他』の時代の終わりを迎えることができるでしょうか」と嘆いていますが、それから更に14年後にやっと改正要綱案のとおりの改正が行われたことになります。

第1項後段には、「この場合においては、子の利益を最も優先して考慮しなければならない。」としており、国会の附帯決議でも、「児童の権利利益を擁護する観点から」とあるなど、子どもの利益擁護に向けての改正であることは明らかです。

国会は附帯決議(衆議院法務委員会)において、「継続的な履行を確保するため、面会交流の場の確保、仲介支援団体等の関係者に対する支援」等について触れていますが、FPICは、既に平成6年に東京ファミリー相談室において面接交渉援助事業を開始しており、平成8年からは面会交流援助事業と名称を変え、現在は全ファミリー相談室で実施しています。平成22年度は、全相談室で計423件(前年より104件増)の援助を実施しています。もし各件の親子が毎月1回面会交流することになれば、年間約5,000回の援助をすることになり、膨大な労力を要する事業となります。さらに、今回の法改正が協議離婚の際に面会交流等について協議で定めるとし、協議が整わないときは家庭裁判所が定めるとしてしていますので、面会交流の場と仲介者の援助を求める父母の数が増加し、全国的な対応を迫られることが予想されます。FPICとしては、この17年間に蓄積した経験とノウハウを、当事者であるご両親に対してはもとより、これから仲介援助の仕事をしようとされる皆さんのお役にも立てたいと考えています。

また、FPICは、平成19年10月から、厚生労働省の委託を受けて、養育費相談支援センター事業を行っています。主たる事業内容は、@養育費相談支援事業 A研修事業B情報提供事業です。養育費相談支援事業は、電話と電子メールによる相談が主であり、平成22年度は6,940件(前年比33%増)でした。協議離婚に際して養育費についても協議し、協議が整わないときは家庭裁判所が定めるとしていますので、養育費の額、支払方法等についての相談が増加するものと思われますが、支援センターは、月曜日から土曜日の午前10時から午後8時まで電話相談に応じており、メールによる相談は24時間受け付け、速やかに回答するように心がけています。

第2 民法第834条の改正

第834条は、「第3節 親権の喪失」の中にありますが、全面的に書き改められ、さらに「第834条の2」が追加されました。

(親権喪失の審判
第834条 父又は母による虐待又は悪意の遺棄があるときその他父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適当であることにより子の利益を著しく害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権喪失の審判をすることができる。ただし、2年以内にその原因が消滅する見込みがあるときは、この限りではない。
(親権停止の審判)
第834条の2 父又は母による親権の行使が困難又は不適当であることにより子の利益を害するときは、家庭裁判所は、子、その親族、未成年後見人、未成年後見監督人又は検察官の請求により、その父又は母について、親権停止の審判をすることができる。
2 家庭裁判所は、親権停止の審判をするときは、その原因が消滅するまでに要すると見込まれる期間、子の心身の状態及び生活状況その他一切の事情を考慮して、2年を超えない範囲内で、親権を停止する期間を定める。


改正前の第834条は、「父又は母が、親権を濫用し、又は著しく不行跡であるときは、家庭裁判所は、子の親族又は検察官の請求によって、その親権の喪失を宣告することができる。」であったのと比べると、子自身が申立権者に加えられ、「虐待又は悪意の遺棄があるとき」と「親権の行使が…子の利益を著しく害するとき」に親権喪失の審判をすることができると、子の福祉利益の擁護をより明確にしています。

児童虐待の相談件数は、年間5万5千件を超えるようになっていますが、親権・管理権の喪失の宣告申立件数は、例年100件程度で、認容件数は例年20件程度となっています。このように、虐待をするような親であれば親権を喪失させればよいといっても、期限を設けずに親権を喪失させるものであったことから、その効果が大きく、申立てや宣告が躊躇されてきたようです。また、親権喪失宣告後の親子の再統合に支障を来たすという点なども指摘されていました。今回の改正は、現状の問題を踏まえて、2年以内の期間で、親権を一時停止する審判ができるということで、申立てや審判がためらわれる度合いは緩和され、児童相談所や児童福祉施設の悩みも減少するものと期待されます。これにより、虐待されている子どもや、いわゆる医療ネグレクトを含む遺棄されている子どもの福祉がより一層擁護される改正であると期待されます。

第3 民法第820条及び第822条の改正

第820条及び第822条は、「第4章 親権」の「第3節 親権の効力」の中にありますが、それが次のように改正されました。

(監護教育の権利義務)
第820条 親権を行う者は、子の利益のために子の監護及び教育をする権利を有し、義務を負う。
(懲戒)
第822条 親権を行う者は、第820条の規定による監護及び教育に必要な範囲内でその子を懲戒することができる。


親権を、子の利益のために子の監護及び教育をする権利と義務と明定し、子を懲戒する場合も、子の利益のための監護と教育の範囲内とし、実際に使われることのなかった懲戒場に関する部分は削除されています。

第4 家事事件手続法の制定

家庭裁判所における家事審判及び家事調停の 手続を定める家事審判法は、非訟事件手続法が改められるのを機に、新たに家事事件手続法として、本年5月19日に衆議院で可決成立し、同5月25日に公布され、非訟事件手続法の施行の日から施行されることになっています。改正の要点は、手続の基本的事項の規定の整備、当事者等の手続保障に資する規定の充実、利用しやすくするために電話会議システム等の利用、高等裁判所においても調停を行うことができる規定の新設などです。

手続法ですから、家事審判法第1条にあった「この法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等を基本として、家庭の平和と健全な親族共同生活の維持を図ることを目的とする。」という目的規定は削除されましたが、家庭裁判所の性格そのものが変わることはありません。今回の民法の一部改正を受けて、より一層子どもの利益を守る砦になってくれると思います。

第5 おわりに

わが国の少子高齢社会の到来が現実のものとなるにつれ、子どもを産みやすく、育てやすくするための育児休業法等の施策が実施され、子は宝のように扱われ始めています。20世紀末から21世紀初頭にかけて発効、施行された子どもの権利・利益を擁護する法制等を見てみると、児童の権利条約の発効(1994)、児童の虐待防止等に関する法律(2000)、養育費に関する民事執行法の改正(少額定期扶養債権の執行方法の簡略化等)(2004)があり、それに今回の民法の一部改正を加えると、まさに「子ども法制」の幕開けであり、21世紀こそ子どもの利益を優先して考える本当の「子どもの世紀」となることが期待されます。


     FPICの相談室等の電話番号
家庭問題情報センター本部  TEL 03-3971-3741
東京ファミリー相談室TEL 03-3971-3741
養育費相談支援センターTEL 03-3980-4108
大阪ファミリー相談室TEL 06-6943-6783
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福岡ファミリー相談室TEL 092-734-6573
千葉ファミリー相談室TEL 043-227-4716
宇都宮ファミリー相談室TEL 028-634-6086
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松江ファミリー相談室TEL 0852-59-5860


【「ふぁみりお」54号の記事・その他】

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ア・ラ・カルト「米国における子の監護と養育費に関する取組みの流れを見る」

海外トピックス54「フランスにおける男女共同参画と少子化対策」
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