家庭問題情報誌 ふぁみりお 第29号(2003.2.25発行)
  「家族」が消え、「個族」または「孤族」が残ったと言われてから久しくなります。
かつては家庭内で営まれていた機能がどんどん小さくなって、仕事の場も子どもたちの教育の場も家庭から離されて、企業や学校という社会制度に吸収されてきました。
近年では育児や介護についても家族や近隣の手だけに頼って行われることは少なくなり、代わって家族の営みを支援する国や地域の制度が発達してきております。
これについては本誌第25号でも最近の政府の「仕事と子育ての両立支援策の方針」を紹介したところです。
聖域とされてきた一家団欒についても、食事時間や観たいテレビ番組がそれぞれ違うなどの理由から、家族が一室に集まる機会も作れないというのが現状です。
家族間の話し合いは専らケータイとメールのやりとりでという家庭も増えています。  先般、教育基本法改正と教育振興基本計画の策定に関する中央教育審議会の中間報告が出されました。
そこでは、子どもの躾や人格形成の責任は専ら学校側にあると考えている親たちがいる昨今の現状に鑑み、家庭教育の在り方が大きな問題として論議されました。
  家庭問題情報センターの相談室に持ち込まれる悩みごとも、こうしたひ弱になった家族の機能と無関係ではありません。
今回は、当センターの相談室から見た今どきの家族の悩みの一端を紹介し、「孤族」の状態から再び「家族」へと再生する可能性やその方法について考えてみたいと思います。
事例1  子どもを押しつけ合う夫婦

  離婚に際して子どもの引取りで折合いがつかないという相談は数多くあります。
そのほとんどは子の奪い合いのケースで、いずれも「あんな親には渡せない」という不信感による深刻な対立が見られます。
しかし、A子さんの場合は逆でした。期待してなかった妊娠、祝福されなかった結婚と出産、その後の子育てに追われる毎日に若いA子さんの不満はつのるばかりでした。
ついに「賞味期限が切れた」夫との離婚話になったと言います。A子さんによれば、夫はA子さんが子を引き取るのが当然だと思っているとのことです。
「私はこれから仕事を探さなければならない。慣れない職場でストレスが溜まったまま家に帰って子どもの顔を見ればもっとストレスになり、殺してしまうかもしれない。 それでも私が引き取る義務があるのですか」という相談でした。
  相談担当者は、A子さんがあまりにも安易に、まるで免罪符でも得たかのように「ストレス」を連発し、平然とわが子を殺すかもしれないとする言動から、 既に相当の虐待が行われているように感じました。
そこで、A子さんには今この足で児童相談所に行って子どもの養育相談をするように勧めました。
一時的に子どもを預けることも含めた相談ができることを説明し、「必ず行くように」と念を押して児童相談所の住所と電話番号を書いた紙片を渡しました。
  別れる夫から子の監護を押し付けられたA子さんが求めていたものは、子育てを孤独な作業にさせないための支援ではなく、ストレッサーとしての子の存在からの解放だったようです。
子を疎ましくしか思えない自分について悩んでいる事例でもないのですから、子どもの安全を第一に考えて犠牲者を出さない対処に徹した相談結果となりました。
  家庭を作るには幼すぎたA子さんですが、養護を児童相談所に委ねることで、いつの日かわが子を愛しいものとして受け入れられる母親に成長してほしいものです。
親子の関係は賞味期限や耐用年数で切断されるものではないのですから。
事例2  メールでしか意思疎通できない夫婦

  インターネットを利用する人が急増し、メールなど新しいメディアがコミュニケーションの質を変えています。
家族の中でも日常的に使われるようになり、距離や時間に拘束されないこの手段は、例えば離れて暮らす離婚後の親子の面会交流に利用されたりして、生活に便利さと豊かさをもたらしました。
しかしそれも使い方次第であるようです。
  B子さんは「夫が信頼できないので離婚しようと思う」と相談に見えました。
子どもが生まれてお互いに忙しくなったのですが、メールで連絡を密に取り合ってきたという自信がありました。
夫は出張が多く、休みの日には深刻な話は避けたいし、また大事なことは記録が残るメールのほうが良いと思っていたのです。
ある日夫から預金を下ろすというメールが入り、多額の預金が引き出されました。問い詰めても夫は口を濁し、B子さんの不信感はつのるばかりでした。
  相談担当者の助言を受けて、B子さんはメールではなく無口な夫と直接ゆっくりと何度も話し合いました。
夫は、貧しい中で自分を育ててくれた母親が借金で苦労していること、豊かに育ったB子さんには自分の母親への気持ちを分ってもらえないと思い親からの送金依頼を言い出せなかったことなどを話したそうです。
あらためて夫に送ったメールを見直すと用件や注文ばかりの言葉に終始し、本音で気持ちを伝えることの少なかったことに気付きました。
  全人格的な人間関係を取り結ぶ夫婦の関係では、深い感情の綾を五感を使って伝え合うことが求められ、文字のやりとりの世界であるメールにそれを託すのはとても難しいことです。
  きょうだいの数が少なくなり、また近隣との関係も希薄になって、遊び仲間の多様性が失われた時代に育った世代の人から、夫婦という濃密な人間関係が重荷になっているという趣旨の相談が増えています。
新たなメディアが豊かなコミュニケーションを保障するものになるためには、その効用と限界を見極める必要があるようです。
事例3  解消は簡単な事実婚だが……

  シングルマザーとか夫婦別姓もドラマの世界だけではなくなりました。
むしろ、先取りをしている事例が多いからこそドラマに迫力もあるのでしょう。
  ホームページで当センターの相談室を知ったC男さんは、次のような趣旨で相談に来ました。
  C男さん夫婦はともに一流大学を出て一流企業に就職し、職場結婚しました。
挙式はしましたが双方の仕事の都合上氏を変えないために、籍は入れない、子は認知する、最初の子は母の籍に次の子は親権者を父と指定して父の籍に入れると約束したので、姉弟は別々の氏を名乗っています。
  長女が生後10カ月の頃に、妻が子どもが高熱を出しているのを承知しながら深夜に帰宅したことがあり、C男さんが思わず手を挙げたところ、妻は病気の子の顔も見ずにそのまま家を出て行ったそうです。
長男が学齢に達したときにC男さんは、母親としてもう少し子ども中心の生活をするよう妻に求めたところ猛反発を受け、ついに事実婚を解消することになったとのことです。
妻は近くの高級賃貸マンションに別居し、子どもたちには父母双方の家を自由に往来すればよいと言いました。
長女も長男も高級マンションが気に入ったのか母親と暮らすようになり、これに伴って母子の生活費もかさむようになりました。
もともとC男さんは子どもにかかる費用は出すと言っており、任意に10万円を支払っていたのですが、ある日突然家庭裁判所から調停の呼出状が舞い込みました。
調停に出席してみると、長男の親権者を父から母に変更する、養育費月額35万円の支払いを求めるとの趣旨でした。
  C男さんは、長男の親権者が母になれば母の氏を名乗るだろうから、最初の約束に反すると憤りを隠せません。
また、養育費35万円という法外な請求をしてくる申立人の主張に態度を硬化させておりました。
ピアノの月謝はよいとしても、発表会にかかる膨大な諸経費まで詳細を盛り込んだ資料に基づく養育費35万円は負担できないというのです。
  相談担当者は、C男さんに2人の子に対する愛情が認めれらることを高く評価した上で、子の氏が変わるのは親権者変更の結果ではあっても氏に左右されて親権者を決めるべきではないこと、 今後もいつまでも親子であることに何もかわりないことを説明しました。
また、養育費についてもこの際、相当額について双方が十分話し合うのがよいのではないかと調停をポジティヴに受け止めるように促しました。
  C男さんは事実婚解消で他人のお世話になるなど考えていなかった、子どもを中心にした解決を調停で考えることにします、子への愛情を評価されて元気がでましたとの言葉を残して相談室を去りました。
事例4  問題を先送りする親たち

  D子さんが次のような趣旨で相談に来ました。  自営業である夫は、長女が3歳のとき別の女性と同棲し30年以上経った。
私は夫から渡される生活費のたしにするため働き始め、2人の子を十分構う余裕がなかった。特に長女は幼い頃から可愛げのない子ですぐ口答えするので腫れ物に触るようにして言いなりになってきた。
長女は拒食症になり、高校にもほとんど行かず、ときにアルバイトするものの長続きせず、父親から生活費を貰いながら好き勝手なことをしている。
  2、3年前から長女は自分がこのような状態になったのは親の育て方が悪かったのだからと言い出して、父親に法外な額の慰謝料を要求し、父が経営している店に押しかけて客の前でわめき散らし、 お金を巻き上げているらしい。
最近はこれに味を占めてか私にも要求を始めた。私は何時間にもおよぶ暴言に耐えかねてやはり多少のお金を渡しているが、こんなことの繰り返しには耐えられないので、 まとまったお金を渡して今後一切お金を要求しないと誓約させたい、できれば親子の縁を切りたい。
  相談担当者は、「子がどんな勝手なことを言っても通らないと身をもって体得させ、社会の規範に従うよう躾けるのが親の大切な役割である」、 「親が子にまともに向き合うことで子は親の愛情を信じ躾に従う」、「来談者は夫婦とも子にその場限りの対応をして問題を先送りしてきたので子は次々と難問を突きつけてくるのではないか 」と指摘し、「親子の縁を切ることはできないし、互いに扶養義務があるので今後一切お金を要求しないと約束させても意味がない」と説明しました。
今後の対応としては「どんなに摩擦があっても理不尽な要求には応じないという断固たる態度を示す以外に方法はない」、「夫婦としてはともかく、 少なくとも親としては父母は協調して子にあたる必要がある」と助言しました。

家族の再生を子の福祉の視点から考える

@  親はもっと家族との情緒的交流を心がけよう
  本誌第27号において、赤ちゃんは親との情緒的交流によって、人に対する基本的信頼感を持つようになることを紹介しましたが、 子どもは成長の過程で、家族と親密に交流して喜びや悲しみを共にすることによって家族との絆を深め、人間関係の機微を体得していきます。
親は食事など家族が集まったときは、努めて楽しい話をするようにしたいものです。大事なことまでケータイやメールですますような、 家族がバラバラの「孤族」にならないためにも団欒の時間を大切にするよう心がけましょう。

A  親は問題解決を先送りしないようにしよう
  自信のない親は、夫婦の問題や子どもの問題が起きたとき、正面から立ち向かわず見て見ぬ振りをして問題解決を一寸のばしに先送りしがちです。
病気と同じで「早期発見、早期治療」をしておけば軽症ですむものを、重症になるまで放置してこじらせてしまいます。
少なくとも子どもが問題を起こしたときは、親は子どもが一生懸命に救助信号を発しているのだと受け止め、真剣に子どもと向き合う必要があります。
そうしないと子どもは、後になって親は自分が困ったときに少しも手助けしてくれず、放置していたと受け止めていることがあります。

B  親は家庭をもっと開かれたものにしよう
  家庭は、小さな子どもはもとより家族全員を外部の危険や攻撃から守り、心を癒してくれる安全地帯です。しかし、外部の人にとっては勝手に覗くことのできない密室であり、 そこで何が行われているかは全く分からないブラックボックスでもあります。家族の抱えている問題が小さいときは、密室の中の家族だけの力で解決されていくのですが、 問題が大きくなると外部の人の支援がなければ解決できなくなります。
それにもかかわらず、外部の人に相談したり助けを求めたりするのは、親としての力量が問われ、家の中の恥を外部にさらすようなものだと考え、 ブラックボックスであることをいいことにして、密室に封じ込めてしまいがちです。
その結果、育児ノイローゼが乳児虐待へと深刻化したり、子どもの家庭内暴力が子殺しや一家離散を招いたり、子どものひきこもりを隠そうとして家庭そのものが社会からひきこもってしまったりします。
子育てなどで分からないことや心配なことは、気軽に近隣の人や専門家への「早期相談」を心がけたいものです。
そのためには、親自身が平素から家族のことも素直に話せるような近所付き合いをする必要があります。地域の行事やボランティア活動などに子どもと共に参加し、 ブラックボックスになりがちな家庭を外に開かれたものにするとき、周りには支援してくれる人の輪が大きく広がっているはずです。


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