家庭問題情報誌 ふぁみりお 第29号(2003.2.25発行)
    2002年8月2日から7日までの6日間、デンマークのコペンハーゲンとノルウェーのオスロの両市で標記の会議が開催されました。
この学会は家族および家族法の諸問題を討議するために家族法学者を中心に発足し、1975年に第1回会議が開催されて以来3年ごとに開かれています。
ここで取り上げられ、議論された結果は家族法のその後の趨勢に大きな影響を及ぼしてきました。
今では家族法学者だけでなく、その他の分野の学者や裁判官、弁護士、ソーシャルワーカーなどの実務家も参加する学際的な会議となっています。
  今回の会議には、日本からも野田愛子FPIC前理事長をはじめ家族法学者や実務家が多数参加しました。
最高裁判所からは東京家庭裁判所松津節子裁判官と静岡家庭裁判所沼津支部渋谷真理子主任調査官が派遣されました。
参加したFPIC会員の一人に会議の模様を報告してもらいました。
  会議は前半の2日間がデンマークのコペンハーゲン大学、後半の4日間がノルウェーのオスロ大学と2か国を結んで開催され、 両国を海運国ノルウェーの美しい客船「クラウン・オブ・スカンジナビア」号で移動するという趣向を凝らした企画でした。
参加者は2日目の夕方コペンハーゲン港からアンデルセンの人魚の像に見送られて船出し、船上でセッションと晩餐会に出席してから一泊、翌朝ノルウェーの日の出に迎えられてオスロ港に入港、 オスロ大学での後半の会議に臨みました。
  基調講演などの行われたコペンハーゲン大学のメモリアルホールは、15世紀に建てられた講堂で正面に冠のような天蓋のある演台があり、周囲の壁に描かれた絵のパネルも当時のままで、 ホールの椅子に座って講演を聴いていると中世の学生になった気分でした。
そのホールで最先端の家族法が論じられていることにヨーロッパの歴史を感じさせられました。
    今回の会議のテーマは、人権の世紀といわれる21世紀最初の会議にふさわしく「家族生活と人権」でした。
初日の基調講演ではスウェーデンのゲラン・ランベルツ法務大臣が「家族の権利と人間生活」と題して、「名誉殺人(honour  killing)」事件を取り上げました。
トルコからスウェーデンに移住したクルド人家族の娘が、父の許しを受けないで愛するスウェーデン人男性と結婚したのですが、 これはクルド社会にとっては何世紀にもわたって守られてきた規範に反する行為でした。
父はクルド社会の規範と家族の名誉を守るために伝統に従って娘を射殺しました。
自分の意思で生き方を決める娘の権利とクルド社会の伝統に従う父の権利との衝突という状況に国家はいかに介入するべきかという問題提起がなされました。
    連日、午前と午後に約40分の全体会議があり、その後テーマごとに6つの分科会に分かれて発表と討論が行われました。
全体会議では、「個人の権利(personal  rights)と人権(human rights)」、「ヨーロッパにおける人権・司法審査・ 家族の人権」、「児童の人権」、「欧州人権裁判所」、「国際条約と家族生活」などのテーマで講演とそれに続いて熱心な討論が行われました。
中でもオスロ大学のスミス教授が「児童の人権」と題して子の人権を「自己決定の権利」と「福祉を受ける権利」の両面から捉え、 親は子を養育する過程で子が自己決定する力をもてるよう育てなければならないと述べたのが印象に残りました。
自己決定の権利については分科会でも医療への同意権や宗教の選択などに関して論じられました。
  分科会は「国の介入」、「生命科学」、「児童」、「平等」、「同棲」、「家庭内暴力」の テーマごとに6つのグループに分かれて行われました。
分科会の発表者としては米国、英国、ドイツ、フランス、ベルギー、スペインなどのヨーロッパ諸国、また中国、韓国を含むアジア諸国からの参加もあり、 大国に偏らず国際色豊かな会議であるのが印象的でした。
発表の内容もその国の国情を反映するものが多く、中でも南アフリカ諸国からの多数の発表では様々な部族の慣習を法制化する苦労が述べられ、 新しい法制度に取り組む熱気が感じられ興味深いものがありました。
  多くの講演、討論に参加して学ぶことはたくさんありましたが、とくに印象に残った点は次のとおりです。
 家族と権利については今まで子の権利、親の権利などとして取り上げられてきましたが、今回の会議では家族の個々人の人権に焦点を当てて論じられました。
その結果家族は個人化していくのではないかと思われるのですが、他方では子の福祉のために家族の重要性が強調され、個々人が権利主張する中で家族の一体感はどのように維持されるのか、 家族法は一体感の基盤を何に求めるのかなど大変重い課題に直面していると思いました。
家族メンバー一人ひとりの人権が守られ、権威や規範ではなく、純粋な愛情に基づいて一体感が維持される家族を実現できるのかが問われるのではないでしょうか。

 ヨーロッパ、とくに北欧諸国において家族の概念の多様化がここまで進んでいるのかとの認識を新たにしました。
事実婚はもちろんのこと、同性のカップルあるいは性転換者のカップルとそれらのカップルの子(養子を含む)などの新しい形態の家族の存在が増加し、 これら新しい家族形態の法的地位に関する論議について様々な国からの報告があり、日本でもこの問題に直面するのは遠いことではないと感じました。

 EU圏では家族法の分野においても統一の試みが既に行われています。 各国の家族文化が異なるためにいまだ多くの問題を抱えてはいるものの、EUの統合が家族法統一化の気運をさらに進めているようで、近い将来実現するであろうとの感を強くしました。

 国際条約は日本ではまだ一般国民には身近なものではありませんが、英国その他多くの国で国内法に影響を与え、すでに人々の家族生活の様々な面に影響を与えている実情が発表されました。
グローバリゼーションが急速に進んでいる現在、いずれ日本においても身近なものになってくるだろうとの印象を受けました。

    和やかなうちに熱気に溢れ、実質的な内容のある会議でした。閉会にあたって、参加者はデンマークとノルウェー両国の努力と会議の成功に心から拍手を送りました。
  筆者は、今後家族はどのように変貌していくのか、家族メンバーの一人ひとりの人権が大切にされ、しかも一体感のある家族を維持することができるのかなど様々なことを考えながら、 次回の会議への期待を抱いて帰国の途につきました。



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