家庭問題情報誌 ふぁみりお 第30号(2003.10.25発行)

  児童虐待については本誌でも既に第4号、第10号及び第24号で取り上げてきましたが、 この秋にはいわゆる児童虐待防止法(平成12年5月公布)の施行後3年の経過を踏まえた制度見直しの時期を迎えております。 厚生労働省の社会保障審議会児童部会に設置された専門委員会では虐待の@発生予防、A早期発見、B保護・支援の三段階での課題を検討中と報じられています。 同省研究班の報告によれば、虐待の通告を受けた児童相談所が立入り調査をしようとしても親の強い拒否のためにドアを開けてもらえず2割のケースが立入りを断念しているなど、 なかなか実効があがらない実情が伝えられています。
  一方、家庭裁判所が受理する児童福祉法28条事件(以下『法28条事件』と略称)数も大幅に増加しました(平成13年の受理件数は、169件で平成元年の約12倍)。 これは虐待する親の監護から子どもを引き離して児童養護施設等に入所させようとしても親が同意しない場合、 都道府県(委任を受けた児童相談所長)が家庭裁判所の承認を得て施設入所の措置を執ることができるとの規定に基づき申請される事件です。 また、民法の規定による親権喪失等の事件や親権者変更を求める調停事件にも問題の深刻さが窺えます。
今般、家庭裁判所調査官研修所では、『児童虐待が問題となる家庭事件の実証的研究』(以下『実証的研究』と略称)という小冊子を刊行し、 身体的、性的、心理的虐待及びネグレクトの四類型についてそれらが深刻化していくメカニズムの解明を試みました。今回は四類型のうち、 ネグレクトを中心に虐待の深刻化のメカニズムについて考えます。


ネグレクトってなに?

  ネグレクトという法律用語はありませんが、児童虐待防止法が定義の中で掲げている四類型のうち、 「児童の心身の正常な発達を妨げるような著しい減食又は長時間の放置その他の保護者としての監護を著しく怠ること。」に該当する行為です。つまり親による保護、 養育の怠慢や拒否を意味します。ネグレクトを、親が養育の知識がないか経済的能力がない等のために養育を行わない消極的ネグレクトと、養育の知識を持っており、 物理的にも可能な状況にありながら何らかの理由により養育を行わない積極的ネグレクトに分けることがありますが、いずれも、親のエネルギーが子どもに向けられないので、 子どもは親と一緒にいながら「捨てられた」状態を長期にわたって経験し続けることになります。最高裁判所の平成13年度の司法統計によれば、 法28条事件における虐待の上記四つの態様の受理の内訳は、ネグレクトが40%と最も多くなっています。

  以下に小冊子『実証的研究』の要約を紹介します。 これは、家庭裁判所調査官を含む17人の実務家等による共同研究で法28条事件24例、親権喪失事件2例、親権者変更等事件4例、少年事件10例について分析したものです。 この内虐待の類型がネグレクトのみが4例、ネグレクトと他の類型の複合のものが10例となっています。

ネグレクトが子どもに及ぼす影響

  (i)身体への影響 ―― 親からの愛情を受けられず、満足な食事も与えられないので低身長、低体重になる一方で、 愛情欲求が食欲に転じて肥満になる。その他、皮膚病、むし歯、第二次性徴の遅れなどが見られる。
  (ii) 知的発達への影響 ―― @親との安定した関係の中で獲得される言葉の発達が、親のかかわりの放棄によって遅れてしまう。 A保育園等に通わせてもらえず、不登校が放置されるため、学習成績の不振が続く。
  (iii) 情緒、心理面への影響 ―― @安心して甘えることができないので、常に傷つかないように緊張している。 A感情のスイッチを切って内面の不安や怒りを抑えるため、無表情になったり突然感情が爆発するなどコントロールが困難となる。 B絶対的な存在である親から認められないのは自分に価値がないからだと自己評価を下げる。
  (iv) 行動への影響 ―― @食事、衣服の着脱、歯磨き、排泄などの身辺自立が遅れる。 A目の前に出された食べ物を無制限に口に入れるなどの食行動の異常が見られる。 B空腹に耐えかねて万引きをするなどの非行に陥ることがある。
  (v) 対人関係への影響 ―― @親と離れても寂しさを示さない一方、見知らぬ人に甘えたり挑発的になるなど適切な距離が保てない。 A乳児語を話したり、歩けるのにハイハイを始めるなど赤ちゃんがえりが見られる。 B相手の期待を先取りした行動に出て関係を維持しようとしたり、不信感や絶望感を示して相手からのかかわりを拒んだりする。 ・同世代の子どもとの間で対等の信頼関係を深めたり広げたりすることが困難で、遠慮のない関係が築けない。

ネグレクトが生じた家族の特徴

  (i) 家族の状況 ――@経済的な困窮、身体・精神疾患、子どもの数が多い、不仲などを原因とするストレスが続いている。 A近隣との関係が悪く保育園、学校等の働きかけに応じないなど社会的に孤立している。 B子どもが親を気遣い親が子どもを頼るなど、家族間の役割フ逆転やゆがみが見られる。
  (ii) 親の特徴 ―― @性格の特徴:自分では決断せずに過度に人(強そうに見える男性)に依存したり、 子どもの成長に伴って地域社会とのかかわりを広げることができない未熟さがあり、ネグレクトが子どもに与えている被害を共感できず冷やかである。 A物事のとらえ方・感じ方の特徴:精神疾患や知的障害のために物事の見方が的外れであったり、子どもにちぐはぐな対応をしたり、 独自の偏った価値観で行動したり、援助に対して被害感だけが強く働いたりする。B対人関係の特徴:気軽に相談できる友人がなく、 配偶者などパートナーとの関係が不安定なスめ子どもにエネルギーが向けられない。
  (iii) 親に対する子どもの態度 ―― 児童相談所などの機関に保護された子どもを観察すると、親が迎えに来るという現実味のない期待を示したり、 親の面会をはっきり拒否したり、わずかにつながっている絆が切れてしまう不安から態度を示すのを回避するなどの様々な反応が見られる。

ネグレクトはどのように深刻化するのか

  【視点1】ネグレクトを認めない心理
  ネグレクトをする親には自分の行為を認めない心理が働き、これが深刻化に向かわせる要因なのではないか。
  (i) ネグレクトを認めない親の態度
 消極的なネグレクトの場合は育児や養育に関する能力や配慮が欠けているため、その行為への認識が不足している。 積極的ネグレクトの場合は@「言うことを聞かないから食べさせなかった」などと行為をネグレクトと認めない、 A「食べさせなかったのではない」などと行為自身を認めようとしない。
  (ii) ネグレクトを認めない親の心理
 @「何とひどい親だ」と非難され子どもを施設に取られてしまうという不安、 A「子どもが登校すれば、自分はその間何をすればよいのか分からない」など子どもからも見捨てられるという分離不安、 B子どもに対する親としての優位な立場や信念を否定されるのではないかという不安、 C罪の意識が強く、これに直面せずに気付かなかったこととして封印してしまおうとする防衛、 D親自身がその親から同じ行為をされ、これをそのまま認めるのは惨めすぎるとの抵抗などの様々な理由からネグレクトを認めることのできない親が見られた。

  【視点2】ネグレクトの悪循環
  ネグレクトに対する子どもの反応や外部の反応がこれをエスカレートさせていくのではないか。
  (i) 子どもの無理な適応
「お母さんが食事をくれないのは自分が悪いから」などと、子どもは親の一方的な行為をそれほど大したことではないかのように受け止めようとする。 このため、強者である親はいよいよネグレクトを反復継続しこの悪循環が強化される。
  (ii) 家族の孤立化と援助の困難
 親にとっては、周囲からの援助の働き掛けが新たなストレスとなることが多く、このことが家族を一層孤立化させてしまい、ネグレクトの悪循環を深刻化させている。

  【視点3】親とそのパートナーとの関係
  親とそのパートナー(配偶者や内縁関係にある同居者など)との関係の有り様がネグレクトを認めない心理やその悪循環を助長し、 結果としてネグレクトの深刻化を促す要因として影響を与えているのではないか。
  (i) 不満型
 このタイプの親は、過度に依存したい気持ちをパートナーに向けるが、パートナーはその気持に無関心であるため、親はその依存を子どもに向ける。 しかし、子どもは親を受け容れるほど成長していないために充足されず、親はパートナーへの不満を子どもへの攻撃や無視にすりかえてしまう。
  (ii) 支配服従型
 依存傾向の強い親と意のままに相手を支配しようとするパートナーとの間に支配服従関係が成立している場合、 そのパートナーによる子どもへの虐待を親が放置する図式が認められる。パートナーによる身体的、あるいは性的虐待と親によるネグレクトの復合形が生じる。
  (iii) 同調型
 パートナーが子どもにとって養父・継父または養母・継母の場合には、実親はパートナーとの関係維持を優先させるために相手が行う子どもへの行為に同調してしまう。 双方間に子ができると、連れ子である実子に対するネグレクトが生じてしまう。

ネグレクトの深刻化を防ぐためには

  (i) 虐待を認めない親への対応
 既述のとおり、親が抱いている様々な不安から親は自分のネグレクトを認めようとしない。 ネグレクトを認めることによって子どもを引き離される不安の中には、児童扶養手当等の支給が打ち切られるという経済的不安も含まれている。 まず、自分の行為をありのままに認めることができるように親の具体的な不安を取り除く関係各機関の支援が必要となるであろう。
  (ii) ネグレクトの悪循環への対応
 援助機関が適切な援助を行うためには、・一見子どもが負担に感じていないように見えても過剰な適応をしていないか、 ・子どもの問題行動は親の行為を回避するためのものではないか、・家族が孤立していないかなどに着目し、複数の機関がこのメカニズムについての理解を共有して有効適切な介入をすることが大切である。
  (iii) 親とそのパートナーとの関係への対応
 親とパートナーとの関係が「不満型」の場合には、親が育児を過大な負担と感じる背後にパートナーがその負担感を受け止めてくれな「という不満が認められる。 例えば育児指導を親とパートナー双方に実施するなどの工夫が求められるであろう。

ネグレクトが増え続けないために

  概観したように、『実証的研究』ではネグレクトが深刻化するメカニズムとして三つの視点を指摘しています。 ここでは本来最も自然で安心、安全が託されるべき育児の怠慢が助長され、その結果監護の担い手の不在が見られました。この状態は担い手自身が監護の不在をそれと認めることもなく、 家庭という密室の中で外部に知られることもなく続けられ、深刻化した状態でようやく発見されるという経過をたどっています。 私たちの周囲を見ても、育児の放棄とまでは認められなくても、食材を買って料理する習慣のない親たち、自分の朝シャンは欠かさないが子どもの衣服の着脱や歯磨きを見守る時間のない親たち、 駐車中のクルマに子を置いてパチンコに興じる親たち、躾や栄養補給は保育園や学校がしてくれるものと決めている親たちなど、育児の空洞化の姿を散見するようになってから久しくなります。
  これまでネグレクトに関する社会一般の認識が十分でないことに加えて、強大な親権、監護権を盾に、たとえ「心身の発達を妨げるような著しい減食」が発見されても 「これくらいのことで他人にとやかく言われる筋合はない」とする親の抵抗がまかり通ってきました。また、親を庇おうとする子どもを見て、 とても親から引き離すことなどできないという現場の光景も見えてきます。 しかし、子どもの要監護状態を見極めず、親の側の分離不安や見捨てられ不安をそのままにして親に監護を委ねてしまうことは、ネグレクトの深刻化を一層助長する結果をもたらすことになるでしょう。
  子どもには、親とともに安心と安全を享受する生活が与えられなくてはなりません。ネグレクトへの対応に当たる側の一層の共通認識が求められます。


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