家庭問題情報誌 ふぁみりお 第30号(2003.10.25発行)

 アメリカ社会で、初めて児童虐待が問題視されたのは1874年といわれています。 いくつかの研究の後、1962年「被殴打児症候群」という報告が、児童虐待の特徴と類型をあげ、虐待の問題に取り組まなければならないことを訴えました。 以来、カリフォルニアを先頭に、1967年までにアメリカ全州で通報義務を定める法律が制定されました。 当初より焦点となりがちだった「身体的虐待」、1970年代から主要な論点となった「性的虐待」、そして1990年代以降注目されている「心理的虐待」に比べ、 数的に多いのにもかかわらず、あまり研究では取り上げられなかったのが、ネグレクトです。 これはネグレクトという形態の虐待がどういうものかはっきりしないことが多いためといわれていますが、実態は深刻で、他の虐待同様あるいはそれ以上に、 死に至る危険性や子どもの心身に生涯にわたって悪影響を及ぼす可能性も否定できません。今回は、特にネグレクトの事件を中心に、最近のアメリカの判決を紹介します。

[不潔な住居が子の福祉を害するとされた事例]

 ペンシルヴァニア州上位(地方)裁判所は、2002年11月21日、家の中を不潔にし、何ら改善をしなかった父親を「児童の福祉を害し有罪」とした判決を支持した。

 この判決で多数意見は、親による身体的、性的虐待がなく、また放置すれば同様の虐待や死を招くような不作為もない事実に対しても刑法を適用した、 初めての事例であることを認めています。州行政当局が問題の家屋を調査した結果、壁には食べ物がこびり付き、しみが付着して、蝿や蛆、ネズミが繁殖し、 冷蔵庫の食料品は全て腐っているという状況でした。さらに、屋根の穴から天井や床にかなりの水が漏れて、ヒューズボックスの中にまで水が入り暖房が効かなくなっていました。 被告である父親は、自分は障害者で状況を改善する資金を欠いていたと反論し、子どもたちこそ不潔にしていた張本人だと非難しました。 そして、本件の証拠は、子の虐待防止条項とされるペンシルヴァニア州統合法第4304条の要件とする身体的・精神的福祉が害される事実を示していないと反論したのです。
 多数意見は、法は、必ずしも子が実際に身体的傷害を受けたりその脅威に晒されることを必要としないと強調しています。法が禁じているのは、 子に対して監護、保護、扶養の義務を負っている者が、その義務に違反することが子の福祉を害することを承知しながらこれを行わない不作為であり、本件の不作為はこれに当たると論じました。
 これに対して少数意見は、本件の事実は行政当局からの訴えによるものであり、法執行機関からの起訴ではないとして、 「多数意見の判断は、子の安全の妨害とまでは認められないような親の不作為をも犯罪にしてしまう危険性がある。」と指摘しました。 また、犯罪に対する制裁の原理を軽視し、州行政の適切な役割を侵食し、州裁判所の先例の蓄積を軽視すると反論しています。

[兄への虐待等と当該新生児の要保護性]

 カンザス州控訴裁判所は、2002年11月30日、親が子どもの監護を行う以前であっても、その子どもが身体的、精神的、情緒的な発育に必要とされる親からの適切な監護を得られず、 「要保護」状態であると認定することができるとの判断を示した。

 この事件は、病院で出生した新生児をその親が家に連れ帰る前に、州当局が要保護児童として子を両親から引き離したことを発端に法廷で争われているものです。 州は新生児を引き離した理由として、生後5カ月で連鎖球菌による肺炎から敗血症を起こして死亡した兄に対し両親からのネグレクトがあったこと、 両親が親としての技量に欠けていること、さらに、父親から兄への虐待があったこと等の事実を挙げていました。
 控訴裁判所は、親として適切でないと事実認定するに足りる証拠があるなら、この子に対するものでなくても、子どもの健康や生命を危険に晒す必要はないと強調しました。 そして、親の不適格性を示す事実が、今後の親権喪失の審理で立証されるならば、法は、当該新生児が親権、監護権を持つその親と一度も生活していない場合でも、 両親の権利の剥奪を求める権限を州当局に付与していると判示しました。兄に対する親の不適切な対応を親権喪失の証拠として採用しながら、 この子を「要保護」状態とした今回の州当局の措置を認容しないのは矛盾することになるというのです。

[宗教上の信条から医療を拒む親の監護権をめぐって]

 オクラホマ州民事控訴裁判所は、2001年1月15日、2月26日、親が宗教上の理由で医療を拒否しているてんかんの子どもを「要保護」状態と認定した第一審の判断は、信仰の自由を侵害しないと判断した。

 判決では、親が子の傷害や疾病に宗教上の治療を選択しているだけでは「要保護」児童とは認定しない旨の州法上の規定を明確にしました。 しかし、子の健康や福祉に対する脅威が存在する場合には、親の宗教的信条にかかわらず、「要保護」状態と認定する権限を第一審裁判所に付与するというのが立法者の意図だと判断しました。 民事控訴裁判所は、当該児童が要保護状態にあると判断する要件は親が宗教上の信条を持っているかどうかの問題ではなく、児童が特別の医療を必要としているか、 及び親による医療への意図的な非協力が認められるかの問題であると述べています。
 同裁判所は、その医学的処方が最も可能性があるなら、州当局は親の宗教上の抵抗にもかかわらず、生命に危険をもたらさない範囲で医療処置を施すことを医療機関に命じることができると述べました。 しかし、その治療法自体が非常に危険で過度に生命を脅かし有害な副作用を伴うとき、あるいは、成功の確率が低い場合には例外とされると言及しました。 その上で、本件にそのような状況は認められず、当該児童のてんかんは重篤で潜在的に生命の危険が脅かされている状態にあり、一方、処方された治療法は副作用の可能性は低く、 危険を伴わず苦痛もなく、この児童に有効なものであることが立証されている、と判断したのです。裁判所は、両親が、子どもは治療が中止されれば病状が悪化し死ぬかもしれないと理解しながら、 「子どもが自分たちの監護下に戻されれば、治療を中止する。」と法廷で証言したので、第一審裁判所が子どもの監護権を州に与えた裁判を相当であったと支持しました。

[妊娠してはならないとの保護観察遵守事項の不当性]

 インディアナ州控訴裁判所は、2001年6月18日、扶養義務のある子どもに対し重大なネグレクトがあったとして有罪判決を受けた女性に「妊娠してはならない」とする保護観察遵守事項を課すことは、 憲法上の私的な出産の自由の権利を侵害し、社会復帰の目的に資さない、との判決を下した。

 被告の生後5ヵ月の男児は、被告が適切な食事を与えず、指示された医療処置も受けさせなかったため、 慢性的な栄養失調で死亡しました。 第一審裁判所は、18年間の保護観察期間を8年間とする条件として、被告に妊娠しないことを命じました。 控訴裁判所は、第一審判事が遵守事項を課すに当たっては幅広い裁量権をもつことを認め、課された条件が地域社会の保護や被告の社会復帰に資するように配慮されたものである限りは、 被告の憲法上の権利を制限することもあり得るとしました。 しかし、「妊娠してはならない」という遵守事項には何ら社会復帰上の目的に合致するものは見られないとして、「被告が保護観察期間終了後に妊娠を選択する場合や、 期間中に妊娠してしまう可能性を勘案すると、課された条件は、被告が親としての技量を向上させ、胎児期のケア・十分な栄養の与え方・養育の仕方を学ぶ上での意義は認められない」と論じました。 裁判所は、さらに、出生前の子どもの保護という公共の利益は、妊娠テストを求めたり、 出産前後の手当てに関するプログラムへの意欲的な参加を促すなどのより緩やかな方法によって適切に実施され得るものであると述べました。 そして、裁判所は、もしも被告が保護観察期間中に妊娠した場合は、深刻な法執行上の難問が生じるとも指摘しています。 この指摘は、(1989年の同裁判所判決を引用しながら)被告には妊娠を隠す(胎児に適切な医療を受けさせないことになる)か、中絶をするか、収監させられるか、 の三つの選択肢からの選択を迫られるとするものです。

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