1 触法少年とは
わが国の刑法では、14歳未満の子どもには刑事責任がないとされていますので、罪を犯しても犯罪少年ではなく、「刑罰法令に触れる行為」をしたという意味で触法少年と呼ばれています。
触法少年は原則として児童福祉法の対象とされ、警察は触法少年を補導すると児童相談所に通告します。
通告を受けた児童相談所は、通常は児童福祉の観点から必要な措置をとることになりますが、家庭裁判所の審判に付するのが適当、つまり保護手続で処遇する方がよいと考えるときは、
この事件を家庭裁判所へ送致することになります。
家庭裁判所では、他の犯罪少年などと同じように、まず調査官が触法事実の経緯や動機、少年の性格・行動傾向、家族関係、学校での状況などを調査します。
必要なら少年鑑別所に預けて、心身の鑑別と行動観察などを行います。
調査や鑑別が終了すると、裁判官はそれらの結果報告をもとに審判を行い、どのような保護処分がよいかを決定します。
ただし、審判の時点でもまだ14歳に達していない触法少年については、現行では少年院に送致することができません。
したがって、少年の行動の自由を制限したり、自由を奪う措置が必要なときは、強制措置のできる児童自立支援施設へ送致することになります。
14歳未満の少年でも少年院に送致できるようにするという改正案が法制審議会で議論されるようです。
2 触法少年による凶悪事件は増加しているか
冒頭で紹介したように、昨年から本年にかけて11、2歳の少年による二つの悲惨な殺人事件が起こったために、同世代の子どもを持つ親たちに限りない衝撃と底知れない不安を与えました。
このような事件が起こると、必ずテレビや新聞等で専門家や識者と呼ばれる人たちによって、なぜそうなったのか、どこに問題があったのかというような、原因や責任について解説が行われるのが常です。
例えば、家庭が機能不全を起こし、親によるしつけが弱体化しているからであるとか、コミュニティが崩壊し、非行抑止力が失われているからであるとか、
学校は教師の指導力が低下し、学級崩壊やいじめ・校内暴力などがはびこり、子どもの社会化を促す場所ではなくなっているからであるとか、政治家・企業家・教師・警察官等の犯罪が頻発し、
社会全体に利己的・自己中心的な風潮が蔓延し、マナーや社会規範を守ろうとする意識が希薄になっているからであるとか、
アダルトビデオ・ホラービデオ、暴力的テレビゲームなど性的・暴力的な欲望をあおる映像産業の存在や、
ケータイ・インターネットによるチャット、出会い系サイトなど、現実と遊離したところで欲望を肥大化させているからである、等々です。
確かに、これらは触法少年に限らず非行少年を増加させる要因のように見えます。これらの要因は、昔よりも最近になるにつれ、悪化することはあっても改善されることは期待できないように思われます。
したがって、触法少年による凶悪事件がこのような要因で起こるとすれば、右肩上がりで増加の一途を辿ることになるはずですが、実際は上の図のような推移を辿っています。
つまり、凶悪事件の計で見ると、多少の増減はあるものの、大体の傾向としては次第に減少しているのです。
凶悪事件が最も多かった昭和37年の750人をピークに減少し、昭和48年から増加に転じ、昭和57年に465人という第2のピークがあります。
それ以降は減少し、平成15年には212人と3分の1以下になっています。平成15年に少し増加していますが、これは放火事件が前年より64人多くなったためで、殺人、強盗、強姦の各事件は前年と同じ人員でした。
この図で一見して分かるように、触法少年による凶悪事件の大部分は放火事件によって占められています。
放火事件は、昭和37年の488人をピークに増減を繰り返しながらも大筋では減少し、平成15年には前年より64人増加して166人となりましたが、それでもピーク時のほぼ3分の1となっています。
強盗事件は、昭和37年の138人をピークに平成15年は29人で、ほぼ5分の1となっています。
強姦事件は、昭和36年の118人をピークに平成15年は14人で、8分の1以下になっています。
殺人事件は、昭和35年の15人をピークに平成15年は3人で5分の1となっています。
これで見る限り、触法少年による凶悪事件は増加の一途を辿っているとは言えないようです。
3 触法少年による凶悪事件は悪質化しているか
事件の被害者や関係者以外の人々にとっては、どのように残忍な事件でもやがては忘れられ、風化していきます。
そして今起こる事件だけが際立って衝撃を与えます。過去に起こった触法少年による殺人事件のいくつかを紹介してみましょう。
@ 昭和25年11月、窃盗容疑で派出所で取調べを受けていた中学2年の男子(13歳)がピストルを奪い、巡査を射殺して逃走した。指名手配されたが、翌日、胸部を撃って自殺しているのが発見された。
A 昭和35年2月、香川県の中学1年の男子(13歳)が小学生のころから仲良しの同級生の女子(13歳)を近くの麦畑に呼び出し、バットで全身をめった打ちにして殺害し、井戸に投げ込んだ。
この女の子が自分のことを妹に告げ口し両親に叱られるのが嫌だったという動機。両親とも教師で、成績はトップだった。
B 昭和47年2月、大阪府羽曳野市で中学2年の男子(13歳)は、小学3年の女子(9歳)にいたずらしようとして近所の倉庫に連れ込んだが騒がれたので、
テレビドラマで女性の首をつかんで持ち上げて歩くシーンを思い出し、試してみたら女の子は口からアワを出してぐったりしたので寝かせていったん外に出た。
しかし、告げ口されると困ると思い、引き返して首を絞めて殺害した。
C 昭和47年5月、富山県の住宅で男の子(4歳)が遊びに来て、二階に寝ていた生後5ヶ月の赤ちゃんを抱き上げ、高さ3メートルの階段から下に落とし、
さらにその赤ちゃんを抱いて家の前の農業用水に投げ込んで死亡させた。
D 昭和47年6月、東京都中野区の児童公園で2歳の男の子が母親が目を離した隙に行方不明となり、2日後に300メートル離れた6階建てマンションの屋上で全裸死体となって発見された。
その男の子に砂場で砂をかけられた小学5年の男子(10歳)が怒ってマンションの屋上に連れ込んで、裸にして顔を殴るとぐったりしているので服を下に投げ捨てて逃げたという。
E 昭和50年8月、鹿児島県の農家で生まれたばかりの女の赤ちゃん(生後18日)が、近所の男子(5歳)と妹(2歳)、この二人の従兄弟(3歳)に殺害された。
3人は赤ちゃんを見るために勝手に上がり込み,「切ってみよう」と台所の包丁で足を刺し、テレビの脚で頭や顔を殴り、庭に引きずり出して物干しに犬の鎖で縛りつけた。
家人が包丁を持った男子と血まみれの赤ちゃんを発見して病院に運んだが、頭蓋骨骨折による脳内出血で死亡した。
これらの事例を見ると、昔の触法少年もかなり残忍な事件を引き起こしており、最近の触法少年による凶悪事件が特に悪質化ているわけではないように思われます。
4 11、2歳の子どもたちの心の闇は深くなっているか
触法少年で凶悪事件を起こす者は、ほんの一握りに過ぎず、割合から見れば微々たるものになるでしょう。
しかし、触法少年の凶悪事件が少なくて増加していないとか、特に悪質化していないからといって、11、2歳の子どもたちの心の闇が深くなっていないとは言えません。
何故なら、心の闇は犯罪のみに結びついて現れるわけではないからです。また、定義の仕方にもよりますが、子どもの持つ秘密は自立とも深く関わっていますから、
心の闇すべてが否定されるべきものでもありません。
乳幼期の子どもにとって大事なことは、養育者と心のキャッチボール(情緒的応答)をすることによって基本的信頼感を獲得することです(本誌第27号参照)。
学童期の子どもにとって大事なことは、家族や友達などと深く交流することによって社会性を身につけることです。
昔は、11、2歳の子どもたちは性的には潜伏期にあると言われていましたが、第二次性徴の到来や成熟が早まっている現在、既に前思春期に入っており、本能活動の高まりを見せていると言われます。
それに対し、家庭、地域、学校に期待されている社会化の機能は低下し、欲望を制御する自我は育っておらず、人間関係のトラブルについても現実的な処理ができにくくなっていると言われます。
家庭では少子化と個室化に加えてテレビ、ビデオ、ケータイ、パソコンなどのメディア機器・IT機器との過剰な接触により、家族との交流が希薄となり、
地域社会でもいろいろな人と交流したり協働したりする機会が消滅しています。
その結果、人と人との生身の付き合い、せめぎ合いの中で培われる社会性が身につかず、人間関係で起こる些細な摩擦さえ現実的に処理できないという子どもの非社会性を助長しています。
したがって、学校では自分が傷つくことや他の人を傷つけることを恐れるあまり、級友と深く交流することを避け、それが高じると面と向き合わないメールやインターネットでのチャットに熱中したり、
ゲームやビデオなどにのめり込んだりして、ファンタジーやバーチャルの世界(仮想現実)で欲望を肥大化させる子どもも出てきます。
これらの傾向は現実の世界で欲望を達成しようとする反社会性・犯罪性と結びつくというよりも、現実から遠ざかろうとする非社会性の強い子どもを生み出すことになります。
一見おとなしく素直そうに見える非社会性の強い子どもが、心の闇の中で肥大化させた欲望の制御に失敗すると、いわゆるキレたり、跳んだりすることになり、あんなにいい子だったのに信じられないとか、
動機が分からないということで周囲の人を驚かせます。その意味では、非社会性が強くなっている11、2歳の子どもたちが抱える心の闇は、深く濃くなっていると言えます。
5 子どもたちの心の闇を深くさせないために
子どもたちの心の闇は、現実から遊離したところでファンタジーや欲望を膨らませることで深くなっていきます。
したがって、心の闇を深くさせないためには、小さいころから子どもたちに多くの人と生きいきとした交流を体験させ、現実的な処理能力を始めとする社会性を育んでいくしかないと考えます。
親も意識的に近隣との交流を深め、親子そろって地域の行事や奉仕活動などに参加し、子どもに少しでも多くの人々と直に交流し、協働する機会を与えるように心がけたいものです。
触法少年による凶悪事件が起こったことを契機に、地域ぐるみで子どもの社会性を育てていこうという運動が各地で始まっているのは心強いことです。
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