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 平成16年4月、それまで地方裁判所が扱っていた離婚、離縁、認知などの人事訴訟事件が家庭裁判所に移管されました。 家庭裁判所が訴訟事件を扱わなかったのは、訴訟という対決的な手段を和やかな話し合いの場に持ち込むと調停に支障をきたす恐れがあるというのが主な理由でした。 しかし家庭裁判所が発足して50年以上経ち、調停はしっかり定着して着実に実績を挙げているので訴訟が来てももはや恐れることはないこと、 同じ紛争が家庭裁判所と地方裁判所に分断されていては当事者に分かりにくく司法制度としても一貫しないこと、 訴訟にも家庭裁判所調査官に関与を求めることができるようにすることなどの理由から、人事訴訟が移管されることになったのです。 これで家庭裁判所は名実ともに家庭に関する専門の裁判所となりました。 さらに国民の良識を人事訴訟にも反映させるために法廷に出席して裁判官に意見を述べる参与員の制度も設けられました。
 本号では移管の範囲、手続の要点、調停との関係などについて簡単に説明します。

移管の範囲
 人事訴訟、すなわち離婚、離婚無効など婚姻関係に関する訴え、離縁、離縁無効など養親子関係に関する訴え、認知、 親子関係不存在確認など実親子関係に関する訴えのほか、 これらに関連する損害賠償請求(たとえば、他方配偶者に対する慰謝料請求や配偶者の不貞の相手方である第三者に対する慰謝料請求)も含まれます。 最近の離婚訴訟では離婚そのものより子の親権や引き取り、財産分与などが問題になる事件が多いのですが、 離婚判決をする場合にはこれらについても判断が示されます。

職権探知主義
 一般の民事訴訟では主張、立証は当事者の責任で、裁判所は当事者が主張、立証する範囲で判断することになります。これを弁論主義といいます。 しかし人事訴訟では身分関係の形成、存否の確認という公益に関わる事件(たとえば親子関係不存在確認)が対象で実体的真実(本当に親子関係がないこと) の発見が高度に要請されるので、当事者間に争いがない場合でも裁判所はこれに拘束されず補充的に証拠を収集し判断する職責があります。 これを職権探知主義といい、実際上従来と変わっていません。

付帯処分等についての事実の調査
 人事訴訟においても基本的には当事者が主張、立証する責任を負っています。 しかし離婚訴訟で裁判所が離婚を認める場合には子の親権について、 また申立てがある場合には子の監護に関する処分や財産の分与に関する処分(付帯処分)についても裁判しなければなりません。
 これらは本来裁判所が職権で行う審判という手続による事項なので、必要に応じて事実の調査を行うことになります。 事実の調査については家庭裁判所調査官を活用することができます。 特に子の親権者、養育監護者を父母のいずれにするべきかという問題については、 心理学や社会学を学び人間関係を専門としている家庭裁判所調査官を活用することが最も適切だからです。

子の意思の確認
 子が父母のいずれに引き取られるかというような子自身の問題に関しては、本人の意思が尊重されるべきであることは当然です。 そこで人事訴訟法では15歳以上の子については裁判所がその子の陳述を聴かなければならないとされました。 15歳というのが意思を表明できる一応の基準年齢ということになりますが、その子の成熟度や性格などにふさわしい対応を考えなければならないでしょう。 自分の意思をはっきり表明できる子は別として、子の意思を確かめるのは実は容易なことではありません。 たいていの子は父も母も好きで、気持ちは揺れ動きなかなか話せないのが実情ではないでしょうか。 自分の置かれている状況を把握し将来のことも考えて決心できるようになって、初めて確かめるべき「意思」をもつといえるでしょう。 そこまでに至らない、もっと年少の子の場合でもその気持ちを理解することは必要です。 たとえば、同居親との日常生活や別居親との面接の状況を子の立場に立って聞くことでも双方との関係が見えてきます。 言葉にならない子の気持ちを察するには、絵を見せてお話をつくらせたり、一緒に箱庭をつくったりすることもあります。 家庭裁判所調査官はこのようにして、子の気持ちをさぐりつつ子にとって最善の道は何かを裁判所に報告することになります。

調停・訴訟における事実の調査
 家庭裁判所調査官はもともと家庭裁判所の調停・審判のために事実の調査や調整などを担当するために設けられた職種です。 調停で行う調査では紛争全体の解決を視野に入れることができるし、場合によっては解決を目指した調整的なアプローチも可能です。 相手を受け入れて、その成長を助け、自分で決められるよう図ることもその一つです。家庭裁判所調査官の本領はここにあるといってよいでしょう。 他方、訴訟での事実の調査は裁判所の判断のための資料を提供するのが目的なので、調査事項と方法は特定されるとされています。 しかし、対象が子の気持ちのように揺れ動き、対応によっても変わってくる可能性のある場合、これで本当に理解することはむずかしいことだと思います。

当事者尋問等の公開停止
 日本国憲法では、裁判を公開すると「公の秩序又は善良な風俗」を害するおそれがあると裁判官全員一致の意見で決めた場合を除き、 裁判は公開の法廷で行うことになっていて、これまでの人事訴訟でも例外ではありませんでした。しかし、たとえば異常な性行為や婚姻外の性関係のように、 通常人であれば公の場で陳述することを拒否したいと思うようなことがあります。 そこで適正な裁判を行うのに欠くことのできない陳述で、当事者または証人が公開の法廷で陳述すると、 社会生活に著しい支障を生じることが明らかなことから十分な陳述ができないような場合には、裁判官全員一致の意見で尋問を公開しないでできることになりました。

家事調停と人事訴訟
 従来から家庭に関する事件については訴訟を提起することができる場合でも、まず家庭裁判所に調停を申し立てることになっています(調停前置主義)。 これは人事訴訟が家庭裁判所に移管されても維持されました。家事調停が家庭に関する多くの紛争の解決に役立つことが評価され、 これまでどおり調停、訴訟と段階を踏んで処理するのがよいとされたためです。 ただし、人事訴訟の扱う事項については調停が不成立になった場合当然に訴訟に移行せず、裁判を受けたい者は改めて訴えを提起しなければなりません。 調停記録が引き継がれることもなく、調停で提出された資料を訴訟で使用する場合には、訴訟手続で再度提出する必要があります。 訴訟になった場合、仮に調停と同じ裁判官が担当することになっても、調停における主張や資料から得た心証に基づいて判断することは許されません。 これは、調停では訴訟のことを顧慮せず解決に向けて率直な話し合いができるようにするためです。

家事調停の充実
 家事調停と人事訴訟は別個の手続とされたので、両者の関係は形式的には従来と変わらないのですが、訴訟が同じ裁判所に来れば調停も影響を受けると思われます。 人事訴訟が身近になったことで安易に訴訟にしたがる当事者、調停を人事訴訟の準備手続のように考える代理人(弁護士)も出て来るかもしれません。 しかし、調停は訴訟と違って黒白を決めるだけでなく紛争を全体的に解決でき、当事者の関係を決定的に破壊しないなどの効用があります。 調停では当事者等にこれを理解させ、できる限り話し合いで解決するよう努力を払う必要があります。 調停の重要性は従来と変わらないのですが、人事訴訟が家庭問題を専門とする家庭裁判所の担当とされたことで調停のあり方がこれまでより厳しく問われることになるでしょう。 「離婚が訴状に載れば、調停は俎上に載る」のです。調停で簡単に話しがつかなければすぐ不成立として、後は対岸の火事というわけにはいかないでしょう。 逆に地方裁判所で訴訟をするのは大変だから、何とかして調停で解決してやりたいと延々と期日を重ねることもなくなるでしょう。 家事調停は、人事訴訟から得られる知見も加えてますます充実することが期待されます。

事件の見極め
 調停による解決が望ましいといっても、証拠調べをして判断を示す必要のある事件もあるし、何が何でもノーと言い続ける当事者もあり、 訴訟でなければ対応できない事件があることは事実です。調停では後の訴訟のことにとらわれ過ぎず、話し合いによる事件の解決に全力を尽くすとともに、 事件の性質を的確に把握し、適当な時期にふさわしい手続に振り分けるよう図ることが大切です。 このようにすることで事件は司法全体の中で適正迅速に処理されることになるでしょう。

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