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 夫婦仲がどんなに悪くても、子にとって父母はかけがえのない存在です。父母が離婚することになれば子はどうしても傷つきます。 離婚の増加とともに、子が父母の離婚により受ける傷をなるべく少なくして健全に成長するために、子の監護のあり方が問われることになりました。 これはわが国にとっては比較的新しい課題で、そのあり方についてまだ明確な指針がないのが実情ですが、アメリカでは子の監護に関して、実務的に試行錯誤が積み重ねられ、 多くの調査研究がなされてきました。そこで、本号ではアメリカの最近の動向と論点を紹介します。

共同監護

 日本では離婚したとき、父母のどちらかが親権者(単独親権)となりますが、アメリカ合衆国では日本の親権に当たる監護権を父母の双方が持つことになります。 これを共同監護と言います。共同監護法は、現在ほぼ全米各州で採用されています。 これは父母の離婚後も子が父母双方と関係を持ち続けることが子の健全な成長にとって必要であるとの考えに基づいて、 子と父母との「頻繁かつ継続的な接触」を保証しようとするものです。以来さまざまな形の共同監護が実施されてきました。
 約25年経過した現在では、約7割の子は母と生活し父とは週末に泊りがけまたは泊りなしで会っており、 逆に父と生活し母と会うものが0.6割、父母が等しく子育てに関わるものが約2割、その他となっています。 共同子育ての中でも母が中心になっているものもあって、結局約8割の子は母との生活が中心で、父とは泊りがけまたは泊りなしで会っており、 共同監護法施行前と大きな違いはないといえます。大きく変わった点は、年一度の休暇中の訪問などを含むと、ほぼ100%近くの子が双方の親と何らかの形で接触を続けていることです。

父母の紛争の影響

 アメリカでは子をめぐる父母の争いは監護戦争(custody war または custody battle)と呼ばれています。 どちらが長く子と生活するか、クリスマスや誕生日などの記念日をどちらで過ごすかなどの細部にわたって熾烈な争いが繰り広げられ、 子の争奪戦の様相を呈するからです。共同監護は親の紛争に対処するための法律だという声もあるほどです。 多くの調査結果によると、子は父母に愛され大切にされていると感じることが健全な成長にとって必要であり、離婚後も父母間の緊張関係が長く続くと子にダメージを与えます。 したがって、父母が子のために助け合わなければならないことが明らかになっています。 これを踏まえて、子のある元夫婦に対して憎しみを乗り越えて親として協力するための種々の教育的なプログラムが実施されています。

「頻繁で継続的」な接触

 裁判所は、子が父母とできるだけ「頻繁で継続的」な接触ができるようさまざまな決定をしてきました。 しかし、頻繁で継続的な接触をすることは、子にとってそう簡単ではありません。
 接触の一つの方法として、子がパパの家とママの家を行ったり来たりするという生活が注目を集め、多くの調査で実態が報告されました。 二つの家を行ったり来たりする生活とはどのようなものでしょうか。二つの家があるということは子が二つの空間を移動することです。多くの子どもたちは言います。 「週末になると嫌になる。また荷造りかって」、「最初は混乱した。どっちの家に行くのか分からなくなって。 でもなれちゃうけどね」二つの家があるということは二つの心理的空間を移動することでもあります。 「どっちにいるかで自分が変わるんだ」、「同じことしてもパパとママで反応が違うからね、どう振る舞うかが自然に変わってくるんだよ」。
 ミルウォーキーに住む7歳の子は、裁判所の決定に従いボストンに住む父に会うために、毎月1回一人で飛行機に乗るという不安な旅をすることを続けていました。 その子は深刻な心理的問題を抱えるようになったことが報告されています。
 子の多くは、父母に会いたい、一緒に生活したいと望んでいます。しかし一方ではそのために毎週荷造りをして移動する騒ぎを重荷に思っています。 また取り決めによって自分の生活が制限され時間が自分の自由にならないこと、友人と自由に遊べないことを不満に思っています。 しかし裁判所や父母が決めたスケジュールに従うことが、父母間の紛争を避け自分が父母と会い続けるための最良の方法であることを知っている子は、不満を表さないことが多いのです。

親子関係は量より質

 以上挙げたように、「頻繁かつ継続的」な接触を重要視し、面接をあまりに厳格に実行すると子に心理的負担をかけたり、子の大切な時間を奪うことにもなりかねないことが分かってきました。 子は柔軟性のある取り決めを望んでいます。離婚時の裁判所の決定や父母間の取り決めが時の経過とともに実態に合わなくなることもあります。 今や子と父母との良好な親子関係に大切なのは接触の「頻度」や親の家で過ごす「時間の長さ」ではなく、むしろそれぞれの家族の状況や子の年齢に応じた関係の内容、 つまり質であるということが実務家や研究者に認識されるようになりました。したがって、最近は親子関係の量から質へと関心が移り始めています。

リロケーション(転居)の問題

 モビリティーが高く国土の広いアメリカに顕著な事情ですが、一般に転職や再婚などに伴って広域に引越しをする人が多く、離婚した親も例外ではありません。 遠くに転居すると取り決めに従って親子が面接することは実際上難しくなります。そこで転居後の子の監護、接触をめぐって父母間の紛争が再燃し、裁判所に持ち込まれます。 転居する親は離婚時の取り決めに違反するとして不利な立場に立つことが多く、その結果、ようやく離婚時のトラブルから立ち直って安定した親子関係が築き上げられたところで、 子は再び父母の紛争の渦中に巻き込まれ深刻なダメージを受けることになるのです。 共同監護はリロケーションという新たな難しい問題に直面しています。

監護の方法はテーラーメード(おあつらえ)で

 共同監護法制定後さまざまな形の監護が実施されてきました。実績と研究の結果、ある子にとって最適な方法が必ずしも別な子に適切であるとは限らないことが分かってきました。 何が適切であるかは子の年齢、性格、父母の離婚前の親子関係のあり方、父母の離婚後の生活状況など、さまざまな要因が影響します。著名な心理学者であるワラスタイン博士は言います。 監護の方法は個々の家庭の固有の親子関係に基づいたテーラーメードのものであるべきで、すべての親子に当てはまるレディーメードの方法はない、と。 そしてまた、監護の方法は子の成長とともに変わっていく柔軟性を持つ必要がある、と。子の監護に関わってきた多くの実務家と研究者も同じ見解を述べています。

子の声を聴く

 以前アメリカでは、子は親の態度や関心を受動的に受け入れて育つものと考え、子の意向を聴くことはほとんどありませんでした。 前述した子どもたちの発言や父が家政婦に変装して母子の家に入り込む有名な映画「ミセス・ダウト」で描かれている子どもたちの態度にも、 裁判所や親の取り決めに従順に従おうと懸命に努力する子どもたちの姿が表れています。 子は親と同じ家庭で生活していても独自にさまざまなことを感じ、考え、反応しています。 しかし子は取り決めに従順に従うことが父母の紛争を和らげると考えて不満を表現しないし、また発言する機会も与えられていませんでした。
 以上に述べたように、裁判所や父母が決定した取り決めや面接計画に翻弄され、 ダメージを受ける子の姿が次第に明らかになり、実務家や研究者の中から子の声を聴くことが求められるようになってきました。 他方、1990年に「児童の権利に関する条約」が発効し、その第12条に「締約国は、自己の意見をもつ能力のある児童には、 その児童に影響を与える問題のすべてに関して自己の意見を自由に表明する権利を保障しなければならない・・・・」とされて以後、 子の監護に関しても子の人権尊重の立場から当事者である子の意見を聴く必要性が認められるようになったのです。
 こうしてアメリカでも裁判手続の中で、子の意見をどのような方法で反映させるかが検討されています。州によっては子の権利を実現する方法として、 父とも母とも立場の違う子の独自の立場を守る役割を持つ「子の代理人」という制度が設けられました。 さらに、子の真意を聴くためには、子が自由に自分の意思や感情を表明できる場が保証されなければなりません。 そのために子の面接に熟達したソーシャルワーカーや臨床心理士の関与が求められることもあります。

わが国では

 わが国の家庭裁判所には、心理学、社会学、教育学などを学び、人間関係の知識と技術を身につけた家庭裁判所調査官が配置され、家庭問題の調査や調整に当たっています。 わが国ではまだ「子の代理人」という制度はありませんが、家庭裁判所調査官がその専門的な知識と技術を生かして子の意思を確かめることができるので、 この点ではアメリカに一歩先んじていると言えるかもしれません。 離婚などの人事訴訟が家庭裁判所に移管され、訴訟でも家庭裁判所調査官の関与が可能となったのでさらにその活躍が期待されます。

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