現在、精神上の障害により判断能力が十分でない人のために禁治産・準禁治産の制度があり、後見人または保佐人を付けることになっています。しかし、これはもともと家族制度のもとでの「家産」を維持することおよび取引の安全を図ることが主な目的だったので、本人の利益を保護するには十分な制度ではありません。その上に、昨今人口の高齢化に伴い自分で暮らしと財産を守ることが難しいお年寄りが増え、この制度ではとても対応しきれなくなってきています。そこで新たな「成年後見制度」が考えられていることは本誌でもたびたび紹介してきました(9号、14号、15号)。

イメージ(老夫婦) 法務大臣の諮問機関である法制審議会の民法部会は、先般来、成年後見制度の改正に関する審議を行ってきた結果、平成11年1月26日「民法の一部を改正する法律案等要綱案」を取りまとめました。政府は、これに基づいて成年後見制度改正のための民法改正法案等を作成し、今通常国会(第145回)に提出する予定であるということです。

 平成12年4月に介護保険制度が発足します。介護保険を利用するには、当事者の意思に基づいて契約するなどの手続が必要になります。当事者の意思を補充するためにも成年後見制度を充実させることが急務となっています。

 そこで今回は、成年後見制度改正案の要点を紹介するとともに、これに対する各界の反応にもふれてみましょう。


改正案の要点
 改正の目標は、対象者の福祉の充実という観点から自己決定の尊重の理念と本人の保護の理念を調和させることにあり、これに沿って次のような提案がされました。
1 二類型から三類型へ
 現行制度では後見人を付ける禁治産と保佐人を付ける準禁治産の二類型があります。改正案では多様な判断能力の程度や保護の必要性に対応するために、精神上の障害(痴呆・知的障害・精神障害等)により判断力が不十分な者をさらに細分化して次のような三類型とします。禁治産者、準禁治産者という用語は廃止し、障害の軽い順から被補助人被保佐人成年被後見人と称することにし、それぞれに家庭裁判所が補助人保佐人成年後見人を選任します。

@補助類型
 判断能力が不十分であるが、AまたはBの程度に至らない軽度な者を対象とする。本人の申立てまたは同意を要件として当事者が選択した「特定の法律行為」について、補助人に代理権または同意権・取消権の一方または双方を付与する。

A保佐類型
 判断能力が著しく不十分な者を対象とする。単に浪費者であることを要件とはしない。保佐人に、同意権の対象行為(民法12条1項:借財、不動産の処分等)について取消権を付与する。さらに、本人の申立てまたは同意を要件として当事者が選択した「特定の法律行為」について、保佐人に代理権を付与する。

B後見類型
 判断能力を欠く常況にある者を対象とする。成年後見人には広範な代理権・取消権が付与されるが、自己決定尊重の観点から日用品の購入等日常生活に関する行為を本人の判断にゆだねて取消権の対象から除外する。
2 成年後見人等の選任と職務
 本人の配偶者も多くは高齢となっていて必ずしも後見人等として適任とは限らないので、配偶者が当然に成年後見人等(補助人、保佐人を含む。以下後見人等と略称)となる制度を改め、家庭裁判所が個々の事案に応じて適任者を選任することにします。財産が多く、広範囲にわたる者もいれば、生活面での特別の配慮を要する場合もあるので後見人等は複数であってもよく、法人を選任してもよいものとします。

 後見人等は本人の意思を尊重し、その心身と生活の状況に配慮しなければならないものとします。本人の住居を確保する意味で、後見人等が本人の居住用不動産を処分するには、家庭裁判所の許可を要するものとします。

 後見人等に対する監督体制の充実の観点から、後見類型の成年後見監督人に加えて、保佐監督人補助監督人の制度を新設し、法人を監督人等に選任することができることを法文上明らかにします。
3 任意後見制度
 以上は当事者が判断能力が不十分になったときのことを事前に決めておかなかった場合の「法定後見」の制度ですが、当事者が判断能力があるときに将来に備えて契約を締結しておくという「任意後見」の制度が創設されます。

 本人は、自ら選んだ任意後見人に対し、判断能力が不十分になったときに生活、療養、財産管理に関する事務について代理権を付与する委任契約を締結し、家庭裁判所が任意後見監督人を選任したときから契約の効力が発生する旨の特約を付することにより、任意後見契約を締結することができます。

 家庭裁判所は任意後見契約が登記されている場合、本人の判断能力が不十分な状況にあるときは、一定範囲の者の申立てにより任意後見監督人を選任します。

 任意後見監督人は任意後見人の事務を監督しこれに関して家庭裁判所に定期的に報告することを職務とします。家庭裁判所は、必要があると認めるときは任意後見監督人に対し必要な処分を命じることができます。

 任意後見人に不正な行為など任務に適しない事由があるときは、家庭裁判所は申立てにより解任することができます。
4 公示制度
 禁治産または準禁治産にあたる者がいても宣告がなされると戸籍に記載されるため、戸籍が汚れるとしてこの制度を利用することをためらう風潮があります。そこで戸籍への記載に代えて法定後見および任意後見契約に関する新しい登録制度として、成年後見登記制度を創設し、登記所に備える登記ファイルに所要の登記事項を記録するとともに、代理権等の公示の要請とプライバシー保護の要請との調和の観点から、本人、後見人等一定範囲の者に登記事項証明書を交付することとします。取引の相手方はこれを確認することにより、取引の安全が守られることになります。
学者、弁護士などの意見
1 三類型について
現行法上の二類型の制度を三類型にしようという改正案について、「障害がより軽い者に対応する類型ができるのは前進ではあるが、多様な障害者等について必要な援助を与えるという見地からは、それぞれの障害に応じた個別的な対応をすべきではないか。その意味でドイツの一元的な世話制度を参考にすべきではないか」という有力な意見がありました。
 「判断能力の程度をどのように認定して三類型に振り分けるのか。要件の軽いとみられる補助類型に申立てが殺到するのではと予想されるが、裁判所は申立てに拘束されるか」、「補助類型では対象事項の範囲が広がりすぎないか」、「本人の申立てまたは同意を要件とするといっても、申立てまたは同意の能力を認定することが難しいのではないか」等の意見があります。
2 同意権・取消権と代理権
 取消権は本人および同意権者に与えられます。「同意権者の取消権は本人の行為能力を奪い自己決定権を侵害することになる。本人にできる限り普通の社会生活を送れるよう配慮するという観点から、行為能力を奪うのでなく能力を補完すベきであり、特に補助類型では取消権を考えるよりも補助人に代理権を付与することを中心とすべきである」という意見があります。他方、「取消権では本人および後見人等の双方の意思を必要とするのに対し、代理権では後見人等の意思のみで足りるので本人の望まない結果が生じる危険がある。そこで後見人等の代理権の範囲は原則的に保存、管理行為までとしてそれ以外の行為は裁判所の許可を要するものとすべきである」という意見もあります。
実務家の立場からの意見
1 三類型について
 すべての対象者について個別的に対応することは家庭裁判所の負担の限界を超えるので、ある程度の類型化は止むを得ないとして、三類型化に肯定的な意見が多いようです。ただし上述の学者等の指摘した問題点について同様の見解が見られます。
2 後見人等の不利益行為
 代理権には危険性があるという説を紹介しましたが、現在家庭裁判所で実際に後見監督事務を行っている担当者が最も苦労しているのはこの点にあります。後見人は財産管理について包括的代理権があり、特に監督人がついていない場合被後見人の一切の財産を一存で処分することができ、その代金を着服することも事実上可能です。家庭裁判所は定期的に報告を求めるなど監督していますが、不利益行為を発見すること自体容易ではないし、一旦なされてしまったことを是正させるのは強制力がないので極めて困難です。後見人を解任することはできますが、よりよい後見人を探す見込みも乏しいのが実情です。

 改正案では、本人の居住用の不動産を処分するには家庭裁判所の許可を要することになります。これは一歩前進ではありますが、居住用か否かという解釈をめぐって紛糾する恐れもあります。重要な財産、少なくとも不動産を処分するときは家庭裁判所の許可を要することにしたい、さもないと実効的な監督はできないというのが、現場担当者の一致した意見です。
3 後見人等の確保
 総じてこの改正案では巧みな制度設計がなされていると思われます。しかし現実に制度を生かすためには後見人等に公正で適任な人を得ることが不可欠です。

 親族は遺産の先取りを図るなどかえって危険な場合さえあります。そこで親族だけに頼るのでなく、社会に広く給源を求めなければならなくなってきます。現に弁護士会や司法書士会が名乗りをあげていますが、法律家が引き受ければどうしても財産管理に重点が置かれることになるでしょう。しかし成年後見制度の目標は対象者の福祉の充実にあり、財産管理はこれを実現するための手段ですから、重点は身上監護にあると考えられます。今後はこうした役割を担う後見人等の候補者を養成したり、組織化したりすることも必要になってくると思われ、そのためには行政の適切かつ積極的な活動が不可欠であり、それに必要な予算の手当も求められるでしょう。

 ちなみにドイツでは、行政の肝いりで民間の世話人協会が沢山できて活動しているほか行政機関自らまたはその職員が世話人となる例もあるということです。
4 裁判所の責任
 改正法が施行されればこれまでためらっていた人もいっせいにこの制度を利用しようとするでしょう。事件数が増えるだけでなく、判断事項も多くなり、事件は複雑化、困難化すると思われます。

 後見人等の給源が広くなり、権限が強化されれば、なおさら家庭裁判所の監督が重要になってきます。これまで後見監督は家庭裁判所の職務とされながら、その取り組みについては時代により、また地域によりばらつきがあったのが実情ですが、これからは全国的に本気で対応することが要請されるでしょう。イメージ(老人介護)

 改正法施行後は、選任事件も監督事件も増大し家庭裁判所の負担が大きくなることは避けられないでしょう。限られた人員と予算のもとで対象者の福祉を守るために家庭裁判所の機能が十分発揮できるよう、制度を整えておくことが望まれます。


ホーム業務内容相談室セミナー講師派遣ふぁみりお出版物リンク


Copyright (C)2000 Family Problems Information Center