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子どもの不登校や家庭内暴力が,どこの家庭にも起こり得る,他人ごとではすまされない問題と認識されるようになった頃から,当センターの相談室では,高校や大学を中退して仕事にも就かず,何年も家の中に引きこもって非社会的な生活をしている20代,30代の子どもについての親からの相談が増えはじめました。
また,働いてはいても,いつまでも親元にいる利便性を手離せない「パラサイト」(居候とか寄生虫の意味)といわれる若者が増え,自然環境から切り離された高度に発達した文明社会の中で,子どもが自立して生きていくことがたいへん難しくなっています。
そのような折りも折り,引きこもりや家庭内暴力のあった17歳の少年の残虐な犯罪が続発し,「引きこもり」は「家庭内暴力」や「17歳」とともに,青少年犯罪のキーワードのような扱いをされかねない状況です。子どもの引きこもり状態に,不安で怯えている親さえいます。しかし,いま,増加している「社会的引きこもり」は,個人的問題として考えるだけでは理解できないところがあり,犯罪はもとより,分裂病やうつ病などとも異なる,社会的な問題としても考える必要があるようです。
そこで今回は,相談室での経験も含め,理解と対応に少しでも役立つことを願って,若者の社会的引きこもりについてまとめてみました。
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高校卒業までは学業も部活も元気はつらつに見えたA男が,大学受験に失敗しました。父親に遠慮して宅浪しましたが,父親は予備校を勧めながら,費用を渡してくれませんでした。父子の関係がギクシャクしはじめ,希望校に合格できなかったことも重なり,A男は進学した大学を中退し,アルバイトをしながら,1ランク下の大学の夜間を卒業しました。納得のいく就職ができず,アルバイトを続けているA男と父親の衝突を心配した母親が,パートで働いて父親に内緒でアパートを借り,生活費も援助して,A男に一人暮らしをはじめさせました。A男は,単身で数年暮らしましたが,家賃滞納を理由に大家から退去を求められ,自宅に戻って納戸に布団を運び込み,引きこもったまま家族を部屋に入れなくなりました。夜1度の食事と入浴のときだけ家族の所に出てきますが,母親が朝,昼の食事をドアの前に置いても手をつけません。
進学校の授業についていけず,高校2年頃から不登校のまま中退して,すでに10年以上引きこもりの生活をしていたB男は,いま,家事一切を引き受けて暮らしています。母親が近所の目を気にして買物に出られなかった頃には,B男も全く外に出ようとせず,昼夜逆転して深夜になると台所に現れて一人で食事をしていました。母親が世間を気にすることをやめ,息子の事情を近所に打ち明けてからは近所の人も出入りするようになり,B男もたまには家族以外の人と顔を合わせるようになりました。そのうち,オートバイの免許をとり,安売りの食材を求めて買物には出るようになりました。両親は,調理士の資格でもとって,職に就いてほしいと思っていますが,それには応じません。
C男は,一流大学を卒業しながら,仕事や結婚の失敗がすべて親のせいだといって,2階の自室に引きこもり,壁に穴をあけたり,床を踏みならしたりします。母親がカウンセラーの助言により,C男にカウンセラーの所に電話することを勧める留守電を入れました。半年して,カウンセラーの所にC男からの電話がありました。C男は,干渉がましい母親から逃れるため,家を出て自立したいと思いましたが,失業して2年の自分には住宅資金がなく,親にもいえずにずるずる引きこもりを続けていたといいます。カウンセラーとの十分な話し合いの後,親子の申合せ書を作り,親に最後の援助を頼んで独立しました。自力で生きるためには,仕事の選り好みをせずに働く覚悟もできていました。1年ほどして,カウンセラーの所に,正規の職を得たことを伝えるC男からの礼状が届きました。
★ 閉鎖病棟への入院にショックを受けたD男(30歳) |
小,中,高と成績優秀で,素直で親に面倒をかけることもなかったD男は,学校の勧めるままに大学を推薦で入学しました。しかし,興味とは違った授業内容や,受験組との学力差に劣等感を感じ,目標を失い,次第に学校へ行けなくなりました。家に引きこもった生活の中で,不眠などの心身症状にも悩み,自殺念慮が強まる自分が恐くなり,精神病院に入院治療することになりました。ところが,D男は予期していなかった閉鎖病棟に入院させられたのです。親や医者に騙されたと思ったD男のショックは大きく,翌日親に退院手続きをとらせて退院したものの,不安でむやみに薬を服用し,不潔恐怖も出て,毎日何度も手を洗わずにはいらならい状態になって,家に閉じこもっています。
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原因,症状,対応・治療法などが,まだ明らかにされたとはいえないのが現状ですが,およそ次のようなことがいわれています。
不登校など,何等かの挫折体験をきっかけに,普通なら社会参加を始める20代,30代の若者が,数年から10数年という長期間,世間を避けて家の中で,ときには家族との接触まで断って自室に引きこもった生活をする。暴力,強迫症状,対人恐怖症状などを伴い分裂病やうつ病と似た症状を呈することもあるが,精神病や脳の障害とは異なり,思春期の未熟な心性に根ざした対人関係障害と考えられる。はた目には,無気力で怠けているようにみえるが,自尊心が傷つき,世間体が気になり,強い劣等感やあせりを感じており,自分一人で負い切れなくなった苦しさを暴力をもって訴えることもある。このような内面感情への配慮を欠いて周囲が過剰な反応をすれば,葛藤はさらに強まり,症状が長期化,慢性化する。
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高度経済成長期からバブル期頃までの日本の多くの親は,学歴が子どもの幸せを保証するかのような学歴信仰をもち,どの子にも高い学歴をつけようとしました。その結果,かつては恵まれた家庭の子どもだけの特権であった長いモラトリアム(社会人としての責任を負うことの猶予)がどの子にも与えられるようになりました。この特権をいつまでも手放さないのが,「パラサイト」といわれる若者でしょう。
しかし,学歴信仰は,「自由の保証」であったモラトリアムを「親の支配の延長」へと変質させました。子どもは,親の期待に応える学歴マラソンを強要されるようになってしまったのです。
子どもは,親の意向でこの世に生まれ,親の意向で育てられます。しかし,自分の意思で,もう一度生まれ直さなければ「おとな」になれない存在です。親の作った人型に自分で意思や感情を吹き込んで,自前の自分を創るのです。それが思春期・青年期であり,それを保証していたのがモラトリアムだったのです。
ところが,素直でまじめな子どもは,親の期待に応えることに懸命でそのことに気づきません。挫折や,人間関係のつまずきに追いつめられて,はじめて,親の価値観に振り回されていた自分の実像に気づき,あせり,羞恥,自信喪失などで人前に出られなくなります。
このような子どもの引きこもりを考えると,親の期待を分かち合うきょうだいがなく,子どもが親の意向に縛られやすい状況をつくる少子化,高学歴化は,引きこもりの一つの社会的背景といえるでしょう。
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家庭的背景としては,およそ次のようなことがいわれています。
いじめられた経験があり,引きこもりの始まりに不登校がみられる。進学,就職などの挫折が契機となって本格的に引きこもりがはじまるまでは,周囲の意向に敏感な,まじめで成績のよい,素直で手がかからない子であった。世間から家の中へ退却している場合と,家族からも退却して自室にこもる場合がある。圧倒的に男性が多い。強い自己嫌悪と周囲への非難感情が統制できなくなっている。長期化して暴力や強迫的行動がみられることがある。
経済的,文化的に世間並み以上の両親揃った家庭が多い。個室があり,漫画,ビデオ,ゲーム,情報機器,冷暖房,冷蔵庫など,引きこもりを支える環境がある。
父親は存在感が薄く,どこか及び腰。単身赴任などによる不在も多い。母親は,まじめで,几帳面で,融通性がなく,子育てに熱心であるが,世間体を気にし,権威に依存的である。不安と自罰感情が強く,情緒面で子どもに安心感や安定感を与えにくい。
親は世間に,子は親に,その価値に合わせる視野狭搾的な生活を,母親主導で模範的に追求してきている。子どもの社会性の育成に役立つ,外部からの刺激や家族外の人間との関わりが少なく,家族の雰囲気に柔軟性や余裕がない。
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親の独力や,静観によって自然に改善する例が少ないといわれます。隠したり,あわてたりせず,医師,カウンセラー,グループ,友人,家庭教師など,信頼できる第三者の援助者をじっくり探すことです。
同時に,夫婦が一致して長い問題解決の道のりを歩むために,ピンチを生き方や考え方を再考する好機ととらえ,自ら相談や勉強をはじめることです。
- 存在を無視しないで親切な態度で接する。愛情の押売りにならないように,返事などは期待しない。
- 暴力に対しては,両親が一致してきっぱりと否定する。危険を感じる状態ならば家を出てでも子どもから離れる。
- 親が相談や勉強に出かけるときには,子どもに必ず告げて出かけ,時期をみて誘ってみる。
- 専門家以外にも,家庭教師,ボランティア,友人など,気長に外部との接点をつくっていく。
- 役立つ情報は提供する。
1 我慢させ,それをほめることで力がつく。
子どものありのままを受け入れることが大切だといわれますが,わがままを通すことと混同され衝動をコントロールする力の弱い,対人関係の苦手な子どもが育っています。ありのままを受け入れてくれる人などいない実社会でも,傷つかずに生き抜ける耐性の強い子どもを育てるには,「よく我慢したね。えらかったね」という,親の心からのほめ言葉で,子どもの我慢に報いてやることです。このひと言で子どもは我慢ができるのです。
2 家庭の中で三者間コミュニケーションを行う。
家庭には社会生活の練習場としての役割があります。全く波風の立たない絵に描いたような美しい家庭は,実は機能不全家庭です。子どもは,対立,孤立,嫉妬など深く情動を揺り動かされるような体験を積み重ねながら育つことによって,それらが,克服できる経験であることを学ぶのです。その経験に必要なのが,母子二人だけでなく,父母と子ども,兄弟などの3人以上の家族関係です。 |
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