家庭問題情報誌ふぁみりお 第24号

親による子どもの虐待 -虐待という悲劇から子どもを救うために-


 このところ、子どもが親の暴力や放置により傷つけられ死に至る場合もあることがクローズアップされ、社会問題になっています。子どもの虐待の問題については、本誌でも取り上げてきました(第4号、第10号)。全国の児童相談所における相談処理件数は、下の図に示すように急増しています。マスコミも関心を示し、親と祖父母等が寄ってたかって子どもに暴力を振るって死なせてしまった例や、親が子どもを段ボールに閉じ込めて食事もろくに与えず衰弱死させた例など、痛ましい事件を連日のように報じています。
 平成12年11月20日、児童虐待の防止等に関する法律(略称、児童虐待防止法)が施行されました。それから半年経った機会に、子どもの虐待の背景や対策について考えてみましょう。

図(厚生労働省発表資料)
                                   (厚生労働省発表資料より)
昔からあった子どもの虐待
 子どもは可愛いものですが、責任をもって育てるとなると容易なことではありません。本当のところ子どもを放り出したいと思ったことが一度もない親はほとんどいないでしょうが、大多数の親はこの思いに耐えて子育てという大変な作業に取り組んでいます。しかし、心理的に追いこまれている親、家庭や社会に不満を抱いている親などの中には、子どもに暴力を振るったり放置したり、つまり虐待する者がいます。
 子どもを虐待する例は、古今東西を問わず珍しくありません。童話や文学にもこの種の話は沢山ありますが、その多くは継父母や養父母によるいじめとなっています。しかしこれは実の親が子どもを虐待する事実が一般に受け入れられにくいためで、実際にはむしろ実父母による虐待が多いようです。
虐待問題の特徴と対応
 子どもの虐待は家庭という密室内のできごとであるため事実を把握するのが困難です。多くの場合、親は虐待を認めず、子どもも本当のことを話そうとしません。教師や医師などが不審に思って問いただしても、親は転んで怪我をしたなどと言い張るので目をつぶることになりがちです。
 子どもを虐待する親は、心理的に追いこまれているとか自身が幼時に虐待を受けたトラウマ(心的外傷体験)などにより屈折しているとかの場合が多いようです。また家族の抱える問題が、弱者である子どもにしわよせされるという家族病理の要素が認められる場合もあります。いずれも加害者を罰するだけでは問題は解決しないので、病理を解明し治療するという専門的な対処が必要です。当面親から子どもを引き離す必要がある場合でも、多くの親は子どもへの執着、体面、公的機関への反発や生活保護費の関係などから引き離しに抵抗するので、担当者は対応に苦労します。
 親子を分離した場合でも、できる限り再統合することが究極の目標で、このため親を指導・治療したり、親子関係を調整したりすることになります。
最近の虐待の傾向
 子どもの虐待は、最近マスコミで度々取り上げられることもあり社会的な関心が高まり、明るみに出る事件が増えました。しかしこれも氷山の一角に過ぎず、実態を正確に把握することは困難です。最近の報道によれば、虐待事件数は全国で年間3万件あると推計されていますが、5万件、7万件という説もあります。
 全国の大学法医学教室が虐待で死亡した子どもの司法解剖を行った件数は、1968年〜77年の185件から90年〜99年の400件以上に増加しています。
 虐待にはいろいろの要因がありますが、最近の虐待の背景として次のようなものが挙げられるでしょう。
(1)  地域のつながりが薄れ、核家族化したため子育てに支援が得られず、育児が孤独な作業になった。忙しい父が育児に協力せず相談相手にもならないと、母はますます心理的に追いこまれる。
(2)  未経験な親は完璧な育児をしようとするが、わが子がマニュアルどおりでなかったり、他の子より劣っているように思えるとパニックになる。
(3)  家庭や社会に不満を抱き些細なことですぐ切れる未熟な者が増えてきた。このような者は子どもを鬱憤晴らしの対象とすることがある。
行政の対応
 親や子ども自身が相談に行くことはあまりないので、虐待の発見は多く第三者の通報が端緒となります。法は、子どもを保護者に監護させることが不適当であると認めた者に、福祉事務所または児童相談所に通告する義務を課しています(児童福祉法25条)。
 児童相談所は調査、在宅指導、一時保護、施設入所などの措置をとります。親が子どもの施設入所に同意しない場合には、家庭裁判所の承認を要します(同28条)。これにより子どもを施設に入所させても、措置解除については法に明示がないため親は親権・監護権を盾にとって強引に子どもの引き取りを要求することが多く、施設はその対応に苦慮していました(後述の厚生省通知と児童虐待防止法により対応しやすくなったようですが)。子どもを虐待する親には家庭裁判所で親権喪失の宣告をすることができます(民法834条)。行政機関はこれらの事件を申し立てる権限を持っているのですが、実際に申し立てるのは深刻な場合に限られるようです。一例を挙げましょう。
 父母は離婚し、母が女児2人を引き取った。3年後母は再婚、2人の子は母の夫と養子縁組したが養父になつかず、養育困難だとして児童相談所に一時保護を依頼した。2人とも異常に痩せ虐待されている徴候があり憂慮されたが、1か月後親が強引に引き取った。その3か月後、養父は飲酒して深夜帰宅した折、次女が寝ていたことに腹を立て、次女に風呂場の熱湯を浴びせて死亡させて実刑となった。その事件のとき母は傍観するだけで阻止しなかった。その光景を目の当たりにした長女はパニックになり保護された。母が施設入所に同意しないので、児童相談所長は家庭裁判所に入所承認を申し立て、認容された。
 子どもを虐待する親の中には対応に困難な者もあり、多くの人手と専門的な対処を要します。しかし児童相談所では人手が足りず、専門知識のある職員が少ないこともあり、しばらく様子をみているうちに重大な結果が引き起こされるケースが後を断ちません。平成9年厚生省は行政機関に対して、必要に応じ所要の司法手続をとること、入所承認があった以上施設の長に与えられた監護権は親の監護権に優先することになるので毅然とした態度をとることなどを通知しました。しかし、その後でさえ児童相談所関与後の虐待死が1年間に15例もあったことが報告されています。
家庭裁判所の対応
 親権喪失等に関する事件の申立て件数はここ数年あまり変化がなく、全国の家庭裁判所で年に100余件程度です。平成10年(統計が発表されている最新年度)に申立てがあったのは112件、親権喪失宣告があったのは18件です。施設入所承認事件の申立て件数は漸増し、平成10年は65件ですが、承認されたのは40件です。申立て件数は児童相談所における相談処理件数の1パーセントにも及びません。こんなに少ないのはなぜでしょうか。ある弁護士は、性的行為を強要する父から娘を引き離すため家庭裁判所に施設入所の承認を求めようとしたところ、「承認は強制力がなく、審判が長期化するおそれもあるので父の同意をとるよう努力してはどうか」と言われ、それができるくらいなら相談などしないというケースを紹介しています。
 親権者でない方の親がしっかりしている場合には、その親が子どもを引き取り、親権者変更事件を申し立てる方法があります。しかしこれも相手が応じないと調停は難航します。現在の親権者が、子どもを学校を休ませて再婚相手との間に生まれた子の世話をさせるために手放したがらなかったり、生活保護費が減額になるという理由で住民票を移すことを拒否するなど、さまざまな理由から親権者の変更に応じなかったり、調停に出頭しないことがあります。調停で合意ができない場合は審判で決めることになりますが、当事者が手続きに時間がかかる審判よりもむしろ次善の実質的な解決、例えば教育委員会に引き取った子の転校を認めてもらったり、学校と交渉して同居親の名字を通称として使うことを許可してもらったり、あるいは変更をあきらめたりして取り下げる事件も多いようです。
児童虐待防止法の内容
 新たな児童虐待防止法の主な内容は次のとおりです。
[虐待の定義]  (1)身体的な暴行、(2)わいせつな行為、(3)著しい食事制限や放置、(4)心理的外傷を与える言動
[早期発見・通告義務]  教師、医師等は虐待の早期発見に努め、発見した場合は速やかに児童相談所に通告しなければならない。守秘義務は免除される。
[立入り調査と警察官の援助]  虐待の恐れがあるときは、児童相談所は児童の自宅に立入り調査できる。その際、警察官の援助を要請できる。
[面会・通信の制限]  児童相談所長は、養護施設に入所させた子どもに親の面会や通信を制限できる。

 その他、国は児童虐待を防止するため必要な体制の整備に努めること、親権を行う者は適切な行使に配慮すること、親権喪失の制度は適切に運用されるべきことなどを規定しています。いずれも当然で、前からある児童福祉法や民法をフルに活用すればできるようなことですが、面会・通信の制限および警察官の援助を明示した規定は役に立ちそうです。
真に子どもを救うには
 司法は法に具体的な規定がないためか適用に慎重過ぎる、行政はこのためか司法手続の活用に消極的、立法は法の適切な運用を期待するだけ…これでは悪循環で、結局子どもは救われないのではないでしょうか。この悪循環を断つには、法に具体的な規定を置くことが考えられるでしょう。例えば、教師、医師など子どもの虐待を発見しやすい立場にある者には罰則つきの通告義務を課する、家庭裁判所には子どもの命に関わる事件について緊急処理を義務づける、入所措置解除を家庭裁判所の判断に委ねる(行政は毅然とした態度をとりやすい)など。児童虐待防止法は附則で施行後3年を目途として検討を加え必要な措置を講じるよう定めているので、適切な改正を期待したいところです。しかしどんなに立派な法があっても活用されなければ空文と化してしまうことは、児童福祉法の運用状況を見ても明らかです。児童相談所と家庭裁判所は、連携して子どもを守るために有効な手段をとることが望まれます。
 子どもの保護の第一線に立つのは児童相談所です。最近のマスコミの論調も児童相談所に専門性を求め、活性化を叫んでいます。そのとおりですが、根本的な対策として、親の子育て支援、心理的に追いこまれている親への援助、家族関係の改善に向けての家族療法的アプローチ、里親制度の充実など、虐待の防止、発見から対応までカバーする総合的な体制づくりが必要になると思われます。そのためには人的および財政的な手当てが欠かせないでしょう。
諸外国では
 アメリカ、オーストラリア、ドイツなど先進諸外国では、1980年代に一定範囲の被虐待児童発見者の罰則つき通告義務を含む児童保護のための法律が制定され、行政機関と司法機関の対応が確立されています。イギリスでは通告義務は課せられていないものの児童虐待防止協会のネットワークが活用され被虐待児発見に万全を期しています。いずれも緊急一時保護、親子の分離、再統合の場合などについて行政機関と司法機関が連携して実効ある措置がとられているとのことです。



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