家庭問題情報誌「ふぁみりお」 第24号

なぜ少年は殺人を犯したのか -重大少年事件の実証的研究に見るその親子関係-

 目立たない、よい子だったのに、どうしてあの子がいきなり残忍な殺人を犯したのか理解できないという事件が相次ぎ、大人たちに大きな不安を与えました。このような状況を受けて、家庭裁判所調査官研修所は、最近の少年による殺人等の重大事件15事例を取り上げ、家庭裁判所調査官に学識経験者を交えた16人による画期的な共同研究を行いました。その研究結果の要旨が重大少年事件の実証的研究という冊子にまとめられて、去る5月に刊行されました。
 ここではその中から、単独で殺人を犯した10人の少年について、主として少年の行動特性と親の養育態度との関係を中心に紹介したいと思います。

 少年は大きく三つのタイプに分けることができ、親の養育態度にもそれぞれの特徴がありました。

1 幼少期から問題行動を頻発していたタイプ
 Aは、幼児期から、菓子の盗み食い、金銭の持ち出し、万引きなどの行動をくりかえしていました。Aの母は、夜泣きの激しいAに焦って追い詰められた気持ちになり、一方、父は、育児に苦しむヒステリックな母の機嫌を損ねないように、Aに体罰を繰り返しました。Aは中学に入ると友達ができずに孤立し、同級生の物を盗んだり、ゲームに夢中になって家から金を持ち出してはゲーム代やモデルガンの購入にあてていました。そのようなとき、小遣い銭欲しさに近所の家に盗みに入ったところ、帰宅した家人に見つかり、発覚すれば親からひどくしかられるので殺すしかないという気持ちになって、家人を刺殺してしまいました。

 このタイプの少年は、幼児期や小学校低学年から金品の持ち出し、盗み食い、万引きなどの問題行動を頻発しています。親は、育児不安、借金、離婚などの問題を引きずって余裕がなく、幼少期から子どもを虐待し、子どもの問題行動に気づくと更に厳しい体罰を加えていました。
 これらの問題行動の多くは、愛情欲求の不満の表れであったり、周囲の関心をひこうというものであったりするのですから、決して将来の殺人を予想させるものではなく、多くは、親が適切に対応をすることで解決していくものです。
 ところが、親がそれを理解せず、一方的に体罰を加えていると、子どもは、しかられるたびに罪障感や規範意識を深めるどころか、自分は愛される値打ちのないダメ人間なのだという否定的な自己イメージを深め、親への憎しみをいっそう募らせていきます。この悪循環が問題行動をエスカレートさせ、ため込まれた憎悪にいくつかの要因が重なって殺人にまで至っています。
2 表面上は問題を感じさせることがなかったタイプ
 Bは、中学校まではほとんど休まず登校し、おとなしい穏やかな子と見られていました。Bはおばあさん子で、祖母と母親は仲が悪く、祖母が死んでから、Bは、父母との関係が希薄であることに気づきました。しかし、主体性に乏しく、口下手なBは、その気持ちを父母に話すこともなく、一人で自殺や殺人を扱った書物、残虐なビデオなどにのめり込むようになりました。そして、次第に現実とかけ離れた幼児的な征服欲求や攻撃欲求が、Bの心の中で膨れ上がっていたようです。ある日、Bは、道を尋ねる振りをして、ナイフで通りがかりの人を刺してしまいました。

 このタイプの少年は、表面上は問題を感じさせることがなく、おとなしくて目立たないよい子です。周囲の指示には従い、決められたことは一応やります。友達から誘われると一緒に遊ぶのですが、自分からは誘ったり話しかけたりはしない、つまり、万事受け身で自発性がないのです。生気がなくて表情に乏しく、ときには能面のような印象を与えることもあり、喜怒哀楽の感情をめったに見せません。
 家族は情緒的交流が乏しいという特徴がありますが、それは深刻な葛藤が潜在しているため、家族紛争、離婚などに発展することを恐れて、互いに向き合って話し合えないからです。例えば、育児をめぐって母親と姑が険悪な関係にあるのに、父親は、それに直面するのを避けて外で酒を飲んで不在がちになっているなど、家族の絆も弱いのです。子どもは、現実の世界では傷つくことが多いため、傷つくことのない空想の世界に逃げ込み、ホラービデオや凶器収集で万能感・攻撃性を膨らませていきます。健康な子どももホラービデオを見ますが、それは生活のごく一部にすぎず、空想と現実の世界が違うことがはっきり区別されていますが、このタイプの子どもの場合は、ホラービデオのイメージが心のすべてを占め、空想と現実との区別があいまいになっているところが特徴で、あいまいなままに取りつかれたかのように殺人行動に駆り立てられています。
思春期になって大きな挫折を体験したタイプ
 Cは、小学校のころは運動能力に優れ、成績も中の上でしたが、本人も親も実力以上に学力にも優れていると思い、井の中の蛙の状態でした。Cはプライドが高く頑固で、自己顕示性の強い性格で問題行動もあったのですが、親は問題視しませんでした。中学校に進学すると、優れていると思っていた勉強も大したことはない自分に直面させられ、得意なスポーツも病気でできなくなりました。もともと自我が弱く、自尊心はガラス細工のようにささいな刺激でも簡単に傷つく傾向があり、粗暴な行為に出たり、ナイフを所持したりするようになりました。ある日、大人に叱られ、ナイフを出して脅かそうとしましたが相手が動じなかったため、よく訳が分からないうちにナイフで刺してしまいました。

 このタイプの少年は、周囲の期待にこたえて勉強やスポーツで活躍しているうちは、周囲もほめてくれ自分も得意になっているので、特に不適応は起こさないのですが、壁にぶつかったとき、自分の実力のなさがさらけ出されてしまって、それまで抱いていた万能感と現実のギャップの大きさに愕然とし、自尊心が深く傷つき、自棄的になってしまいます。学校不適応のほかに、腹痛などの身体症状を呈したり、ナイフなどを持ち歩いたりします。このタイプの少年は、初めから殺人をしようなどという気はなく、仮に犯行時にナイフなどを持っていなかったら殺人に至らなかったかもしれないのに、過敏な状態になっていて相手のちょっとした態度にも挫折感や劣等感を刺激され、いっぺんにキレてしまい、自分でも訳が分からないままに殺人を犯してしまうことが多いようです。このタイプの親の多くは、明朗で人付き合いもよく、夫婦関係も円満です。ただ、子どもを過大評価してプラス面しか見ようとせず、子どもが親の夢をかなえている間は一心同体となって一喜一憂しますが、子どもが挫折すると手のひらを返したように無視し、怒りをぶつけたりします。挫折した子どもの深い悲しみや苦しみに思いが至らず、子どもからの必死のSOSを見逃してしまいます。
前駆的行動(予兆)を親はどう受け止めるか
 単独で殺人を犯した少年のタイプとそれぞれの親の特徴を紹介してきましたが、この研究を通じて感じられるのは、いずれのタイプの場合も大人になりきれていない親(特に父親)の姿です。自分の感情を子どもに直にぶつける自分本位の親、家族間の緊張から逃げてコミュニケーションを避けている無責任な親、自分を満足させているときだけ子どもを可愛がる自己中心的な親などです。このような親だから子どもが殺人をするようになるという訳ではありませんが、このように大人性に乏しい親は、殺人に至るまでに子どもが発するいろいろな問題行動に適切に対処することは困難かもしれません。
 この研究では、殺人などの重大事件の前駆的行動(予兆)として家財の持ち出し、凶器の収集、ホラービデオ・暴力的ゲームへの熱中、学校への不適応などを挙げています。これらの行動は一般の子どもにも見られ、必ずしも重大事件に直結するものではないので親は過剰に心配する必要はありません。それらの行動を子どもからの救助信号(SOS)ととらえ直し、子どもが心理的に追い詰められて苦しんでいるのではないかと考え、行動の背後にある子どもの気持ちを理解していく姿勢が必要です。親自身が自分の弱さや失敗なども正直に子どもに話せる関係をつくっていれば、子どもも悩みや辛さを打ち明け、助けを求めやすくなります。殺人を敢行する前に自殺を試みたり、周りの人に自殺を相談したりした少年が10人中7人もいたという事実は、わが子がそこまで追い詰められていたのに親は気がつかず、子どもが殺人へと突っ走るのを阻止できなかったということを示しており、子を持つ親への大きな警鐘と受け止めなければなりません。



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