児童虐待防止法が施行されて半年が経過しました。これに先立って、厚生省(当時)は、平成11年7月に児童虐待の定義を広げました。それまでは虐待として扱われていなかった「外傷が残らない暴行」が身体的虐待に含まれることになりました。子どもが苦痛を感じるかどうかを基準とする見解を打ち出したもので、躾けとか愛の鞭といった親側の理屈がチェックされることになります。また、「車やベビーカー等への放置」がネグレクト(保護の怠慢)として虐待に当たるとされることにより、単なる親の不注意では済まされなくなりました。虐待の定義が拡大されるに伴って、どこまでが虐待とされるのか等についての見解も多義多様になります。今後は、わが国でも子どもの虐待をめぐって親と関係機関との間の紛争が増えることが予想されます。 今回は、おびただしい数の児童虐待のケースを扱っているアメリカの裁判所の最近の判決から、ケースを紹介することによって、最近の児童虐待の諸相について学びたいと思います。 |
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この妊婦は、妊娠7カ月のときに、胎児の父とともに覚せい剤(メタンフェタミン)の製造・所持により逮捕された。第一審は、少年保護上の緊急監護者指定の手続により、胎児を要保護状態にあると判断し、オクラホマ州福祉局に胎児の監護権を委ねる決定をした。妊婦が刑務所から出所した場合に、再び覚せい剤に親しむ生活に戻り、胎児が「要保護」状態に置かれるおそれがあるとの判断からであった。 出産を待って開かれた陪審は、子どもが「要保護」状態にあると認めた。しかし、母親が出産後又は逮捕後に子どもを要保護状態に陥らせるような行動があったとの証拠も提出されず、認定を求める手続きも経ていなかった。裁判所は、母親を子の世話人とし、監護権については州当局にそのまま委ねるとの決定を行った。これに対し母親は、第一審裁判所には胎児の監護権を審理する事物管轄がないとして上訴した。 州当局は、緊急監護者指定の審理の時点で、胎児は明らかに生存可能な状態であったため、州が胎児に対して危機介入するのは、児童虐待防止法上当然の義務であったと主張した。州は、さらに、胎児が殺人の対象になり得る存在であり、裁判所は胎児に対しても、児童が児童虐待防止法上有していると同様の保護を与えるべきであると主張した。 これに対して州最高裁は、仮に両親の覚せい剤の製造・所持という行為の時点で胎児が生存しており、その後死亡した場合に両親の行為が原因とされるか否かについて医学上立証することは可能であるかもしれないが、胎児が児童虐待防止法が規定する精神的、身体的、知的な損傷を与えられたか否かの因果関係については、立証することができないと判断した。これを立証する証拠は、胎児が生きて生まれてくるまでは得られないのであって、胎児は刑法上は人であるかもしれないが、児童虐待防止法上の児童ではないと判示した。 州最高裁は、さらに、胎児の不当な死を回避させるための第一審の判断は、児童虐待防止法が規定する保護の対象を胎児にまで拡大させることを必要とするものではないと述べ、全米16州の児童虐待防止法が薬物乱用妊婦の胎児に対する危機介入を排除していることにも触れている。 州最高裁は、同州児童虐待防止法が児童の定義として18歳未満の全て(有罪となった犯罪者を除く)の人で、これには精神科医療を要する児童、障害児童、施設収容児童に定義される児童を含むことを明記していることから、立法者が、対象児童を出生している者に限っていることを意味しているとした。いかなる胎児も精神科医療を受けたり、収容保護されることはあり得ないからである。 州児童虐待防止法上「権利剥奪状態にある児童」とは、保護者による遺棄、ホームレス状態、必要的特別治療等の意図的怠慢その他が認められる児童、障害のある児童、不登校児童等であるとし、もし、立法者が出生前の胎児や妊婦の状態を虐待の対象範囲に含むことを考慮していたなら、そう明定すべきところであったことを強調した上で、第一審の命令を無効とした。 |
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州最高裁は、本件の問題点は、胎児が州児童虐待防止法上の児童とされ得るか否かの問題ではなく、被虐待児とは「親の行為により・・・子の健康又は福祉を害し、若しくは害するおそれのある身体的、精神的な損傷を受けている児童」との定義に、新生児が含まれるのか否かの問題であると述べた。 州最高裁は、本件新生児の出生時の組織内にコカインが検出されたこと、新生児の損傷が妊娠中及び出産後にコカインを乱用した母親の行為によるものであったこと、コカインの量が妊娠中のテストより出産後のテストでより多く検出されたこと、新生児は、出生後、法律上の児童であることを認定した上で、本件の新生児は「被虐待児」として該当するものであるとした。 |
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3人の子どもの養子縁組の手続過程で、離婚した両親からの承諾書を必要とする州社会福祉局から、両親の親権停止を求めた訴えがなされた。当初、離婚に伴う監護権を付与された母親は、3人の子どもを引き取りマサチューセッツ州に住んでいた。父親は、最近結婚した妻とオクラホマに住居を構えた。いずれの親も、第一子に対する親権停止については争っていない。 訴えの時点で、子どもたちは、母親による極端なネグレクト(保護の怠慢)と、母と同棲中の男友達から繰り返し受けた残忍な身体的虐待のために州社会福祉局の児童施設に収容されていた。母親はその後男友達との交際をやめたが、すぐに、暴力と子ども虐待の経歴を持つ他の男性と同棲を始めていた。実父は、離婚後子どもたちと一度も接触がなかったが、子どもたちが里親との生活を始めると、そこへ現れるようになった。 第一審は、両親のいずれも親権者としての責任を行使する状態にないと判断した上で、母親については親権を停止することが子の最善の福祉に適うが、父親の親権を停止するには証拠が不十分であるとの結論に至った。母親は、母の親権を停止させながら父の親権をも同時に停止させなかった第一審は、権限の行使に手落ちがあったとして上訴した。 州最高裁は、第一審が両親の親権停止を同時に命令せず、母親についてのみ停止を命じたことは、子の最善の福祉の前進という州の関連法令の中心的目的から外れておらず、むしろ一致していると述べた。州最高裁は、さらに第一審の判断は、親が現時点で親権者として不適当であり、親権停止が子の最善の福祉であるとの認定がない限り、親権停止命令を出してはならないという法の要請に沿っているとコメントした。 州最高裁は、同州の関連法令のいずれにも、子の養子縁組、後見人選任、施設収容等の手続過程で双方の親の同意を必要とする規定がないこと、他の多くの州でも、これらの手続きに必要な同意は親権者の一方で足り、第一審裁判所は一方の親の親権停止のみについて権限付与されていると付記した。 州最高裁は、母親のみの親権停止が、今後の父母間の監護権決定の際の事実上の結論を導くことになるとの母親の主張については、何ら考慮に値しないとして、これを退けた。 |
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