家庭問題情報誌「ふぁみりお」 第25号 2001.10.25
「家族法と子どもの権利についての世界会議」報告

 本年9月19日から22日までの4日間,イギリスのバースで標記の会議が開催されました。これは8年前に,オーストラリアのシドニーで発足した世界会議の3回目にあたるものです。日本からは東京,広島を中心に20人ほどの参加者があり,最高裁判所からは,静岡家庭裁判所沼津支部の山地修裁判官と東京家庭裁判所の野村二朗主任調査官が派遣されました。FPICの編集部からも2人が参加しましたので,会議の様子を報告します。
 この会議の目的は,法律家とソーシャルワーカーなど関係領域の専門家が協力して,子どもの権利を守るための国際ネットワークを作り上げることにあります。すなわち,ネットワークが地域の機関と協力し,子どもを代理して権利擁護を図るほか,ハーグ条約その他子どもの権利を守る条約の適用について,法律家と行政官を啓発することや,メディアを通して子どもの権利を守らなければならないという社会的な気運を醸成することを目指すものです。
 しかし,どこにでもいろいろな考えの人がいるもので,この会議はまさに子どもの権利を守ることを目的としているのに,会場の玄関前に,「家庭裁判所が離婚を増やしている!」「子どもは両親を必要としている!」,「家庭裁判所の裁判官は子どもを虐待している!」などというプラカードを掲げた市民運動家が押しかけて来たのには驚かされました。


 会議が開催されたバースは,その昔,この地にやって来たローマ人が豊富に湧き出る温泉を利用して浴場を作ったところから,英語のお風呂の語源になったといわれる土地です。ローマ人の残した浴場は,ローマン・バスとして今も観光名所となっていますが,まさにそこが会議のオープニング・レセプションが行われた場所でした。立派に改装された建物の中心には大浴場があって,ここは吹き抜けで屋根がなく,今でも50度の熱い温泉が湧き出ているといいます。ところが風呂嫌いのイギリス人はその温泉を利用していないらしく,風呂好きの日本人からすると大変もったいないような気がします。街全体が世界遺産に指定されているのは,世界でも三つの街しかありませんが,バースはその一つです。



 初日の基調講演は,「子どもが自分を守るために −児童保護の国際ネットワーク」と題して,今回の会議の議長の一人であるオーストラリアのファウラー弁護士とクック弁護士によって行われました。次いで,オランダのハーグ会議のローン事務総長による「子どもに関する国際協力の手段・方法」についての講演が行われました。
 この家族法会議の事務局がオーストラリアにあるため,オーストラリアからの出席者の活躍が目立ちました。会議の言語は英語のみで通訳がないためか,40か国を超える参加と開会式でアナウンスされた割には,英連邦諸国やアメリカ,かつてのイギリスの植民地であったアジア,アフリカが中心で,フランス,イタリア,スペインなどラテン系諸国や東欧諸国からの参加はごく少数でした。
 毎日,5つか6つのテーマに別れての1時間半の分科会が午前9時から2回,午後2時から2回行われました。したがって,全体では70近い分科会があった訳で,セッションの間のティーブレイクに会場を移動していると,せっかくのお茶も飲む暇がない有様でした。
 日本からの報告者である山地裁判官は,21日9時からの第6分科会「子どもの虐待」で,「日本の家庭裁判所の児童虐待防止に対する取組」という題で約10分間ほどの報告を行いました。OHPで表やグラフを示しながら,虐待事件の増加,家庭裁判所の手続,家庭裁判所と他の福祉機関との連携のシステム,今後の課題の4項目について,主として家庭裁判所調査官の活用を中心に紹介が行われました。参加者からは日本の家庭裁判所がわずか2か月で処理できるのは何故かという質問が出ましたが,家庭裁判所に来るまでに児童相談所で長期にわたって事情を把握しており,家庭裁判所調査官はその情報を入手できるから迅速な処理が可能なのだとの説明がありました。この分科会は5人の報告者がありましたが,前の発言者の時間超過のため,最後に報告した山地裁判官はかなり急がされての発表でお気の毒でした。
 児童虐待というテーマでは,発展途上国では主として児童労働,搾取,性的虐待の問題が,また先進国ではいわゆるDV(家族間暴力)の問題が多く見られました。もちろん,いずれも万国共通の問題ではあります。



 2日目の全体会議では,イギリスの控訴院ヘイル判事による「家庭への社会変動の影響」という講演がありました。ヘイル女史は,60年代から今日に至るまでの漫画をOHPで紹介しながら,家庭や家族の在り方の変化を巧みに話しました。60年代では若者はみな結婚を目指したが,今では若者は同棲はするが結婚はしたがらないとか,婚外子の増加は各国共通の現象であり,嫡出子との差別撤廃も共通の傾向であるなどの指摘がありました。



 子どもの権利に関する問題は実に幅広く,家庭内紛争の際に子どもの意見や証言を聴取するかどうかの問題,離婚の際の親権,養育費の問題,人権に関するヨーロッパ条約の影響,法的手続での子どもの代理人や権利の保護,養子縁組,法的手続への子どもの参加,戦争犠牲者としての子ども,少年犯罪,エイズの子どもの保護等さまざまの問題が含まれています。
 子どもだけの問題ばかりではなく,未婚の父の権利というテーマもあり,この分科会の司会者が,最後に結論として,「結婚か非婚か,ジェンダー,人種,宗教の如何を問わず,親の権利に差別はなくすべきだ」としたところ,ソーシャルワーカーの女性が「レイプによって出生した子の父は犯罪者だから除外すべきだ」と発言して出席者の賛同を得ました。



 最後の全体会議は,ユニセフのパイス企画部長による「子どものためのこれからの取組」についての講演で締めくくられました。



 レセプションやティーブレイクは文字通りの国際交流の場となりますが,FPICの野田愛子前理事長は国際的な幅広い人脈があり,諸国の法曹人と歓談していました。こうした人脈は大変貴重なもので,日本が孤立しないためには次の世代へと引継ぐことが必要と思われます。そのためには語学力ばかりでなく国際感覚を持ち,洗練されたマナーを身につけた若い世代を育てていくことも大切であると痛感されます。これはFPICだけの問題ではなく日本全体にとって各界で早急な実行が必要でしょう。
 4年後の会議はアジア地区での開催が話題にされていますので,なおさらこのことの必要性は強調されるべきだと考えます。あらゆる分野でのグローバル化が進む現代において法曹界だけが取り残されることはあってならないことでしょう。裁判官,家庭裁判所調査官といった職種を越えて国際人の養成を最高裁判所にも積極的に求めていく必要性を強く感じた会議でした。



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