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『ふぁみりお』第11号の夫婦間の暴力について、とりわけ夫による妻への暴力を「彼女たちはなぜ暴力的な夫のもとにとどまるのか」という記事で取り上げ、その深刻な身体的暴力や精神的、性的暴力の実態と、暴力的な夫が生まれる背景、およびそこから逃げれられない妻の精神的メカニズムと社会的状況について考察しました。それから5年、依然として夫婦間の暴力は家庭内の問題として表沙汰になりにくい状況が続いています。そこでもこの間、配偶者パートナーからの暴力がドメスティック・バイオレンスとして社会的な問題となり顕在化するようになって、保護を求める動きも大きくなりました。夫の酷い暴力から逃れて婦人相談所、民間のシェルター、婦人保護施設、母子生活支援施設などに保護されるケースが年々増加しています。 平成11年に総理府が行った全国で無作為抽出の男女4500人を対象にした「男女間における暴力に関する調査」では、女性の回答者の4.6%が命の危険を感じるくらいの暴行を受けたと回答しており、4%の人が医師の治療が必要な程度の暴行を受けたと回答しています。約20人に1人の女性が酷い暴力を受けているという実態が明らかになりました。 このような暴力の背景には、男女優位社会からくる女性差別の意識の残存、男女の固定的役割分担、経済的格差などの構造的問題があると認識され、政府も平成12年12月に「男女協同参画基本計画」を策定し、女性に対するあらゆる暴力の根絶を重点目標のひとつとして掲げ、「夫・パートナーからの暴力への対策の推進」の具体策を提示しました(『ふぁみりお』第23号参照)。 |
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このような動きの中で平成13年4月6日、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」が成立し、10月13日に一部を除き施行されました。 DV防止法の前文には、配偶者からの暴力が犯罪となる行為であるにもかかわらず、被害者の救済が必ずしも十分に行われていなかったこと、被害者の多くが女性であり個人の尊厳や男女平等を侵害する行為であるとして、暴力の防止・被害者の保護や自立支援をはかる施策を講じる必要があると述べられています。また、DV防止法の制定は女性に対する暴力を根絶しようと努めている国際社会の動向に沿うものであるとも書かれています。 そして国および地方公共団体に被害者を保護する責務があることを明記しました。 |
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(1) 配偶や暴力相談支援センターによる保護 これまでも各都道府県に置かれている婦人相談所が夫からの暴力の被害者の一時的保護所となっている実態がありました。この法律では、都道府県に配偶者暴力相談支援センターを設置することを義務づけており、平成14年4月1日までに婦人相談所がその他の施設に支援センターを設置しなければならないとしています。被害者はこの支援センターで、相談、カウンセリング、一時保護、自立支援のための情報提供、保護命令やシェルターの利用についての情報提供などを受けられることになっています。この法律の施行により一時保護施設やシェルターが充実すれば、被害者が暴力から逃れるための心強い拠り所になるでしょう。 (2) 裁判所による保護命令 今回のDV防止法には裁判所による保護命令制度が新設されましたが、この制度が被害者の保護に大きな力になると期待されています。被害者は地方裁判所に、暴力を受けた状況や支援センターや警察に相談した事実などを記載し申立てをします。あらかじめ支援センターや警察に相談していない場合は公証役場で認証を受けた書面を付けます。裁判所は、配偶者(事実婚も含む)から更なる暴力により生命・身体に重大な危害を受けるおそれが大きいときは、配偶者に対し被害者への6か月の接近禁止、同居しているときは2週間の住居からの退去の保護命令を発します。保護命令が出されたときは、地方裁判所は管轄の警察に通知します。この保護命令に違反した場合は1年以下の懲役または100万円以下の罰金が科せられます。 (3) 警察による保護 DV防止法では、警察の役割を暴力の制止、被害者の保護、被害発生防止のために必要な措置をとることを明示しています。警察庁によれば平成12年に夫から妻への殺人、障害及び暴行事件で検挙された件数は1096件で前年の516件の2倍以上になっています。これまでは警察が民事不介入の原則にしばられ積極的に関与してくれないという不満が被害者の側にありましたが、DV防止法によって配偶者間の暴力が犯罪であると規定されたことで、今後は警察のより積極的な関わりが期待できます。警察庁は、保護命令が出た場合に被害防止や保護命令違反の摘発を徹底するよう全国の警察に通知を出しています。 (4) 医療関係者や一般の人の通報 医師、その他の医療関係者が被害を受けている人を発見した場合は、被害者の意志を尊重しながらという条件がありますが、支援センターや警察に通報することができ、この通報は守秘義務違反にはならないとしています。また暴力を受けている人を発見した人は支援センターや警察に通報するよう努めなければならないと広く一般の人の通報も求めています。 |
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DV防止法が施行された直後の平成13成10年19日に大阪地裁で全国で初めて、夫に2週間の住居からの退去と6か月間この妻に接近することを禁止する命令が言い渡されました。その後も各地の裁判所で保護命令の決定が出されています。保護命令は緊急性が求められており早ければ申立ての日から2日、遅くても2週間で決定が出ているようです。被害者は退去命令の間に安心して転居したり、接近禁止の命令が出された場合に管轄の警察の協力を得て精神的に落着いた生活ができるようになったなど、この保護命令は暴力に悩む女性の救済に効果を上げています。 | ||
1993年の国際総会で採択された「女性に対する暴力の撤廃に関する宣言」は「女性に対する暴力とは、性別に基づく暴力であって、女性に対して身体的、性的、もしくは心理的な危害又は苦痛となる行為、あるいはそうなるおそれのある行為であり、さらに、そのような行為をするという脅迫、強制もしくはいわれのない自由の剥奪を含む」としていますDV防止法の「暴力」は「身体に対する不法な攻撃であって生命又は身体に危害を及ぼすもの」と身体的なものに限られています。しかし被害者は脅迫的な暴言を言われ続ける、子どもを奪われる、親族や友人との関係を絶たれる、意に反する性的行為を強要される、生活費を渡されないなど、人権侵害にあたる多様な暴力を受けています。ある被害者は殴られたことより無理やり土下座させられ謝らされたことの方がもっと辛かったと述べており、人としての尊厳を損なう精神的な暴力が身体的な暴力以上に女性を傷つけている場合が多々あるのです。生命・身体の安全が第一であることは言うまでもないことですが、身体的暴力より顕在化し難く他から理解されにくいそれ以外の暴力に対しても実態に即した広い対応が必要です。 今回のDV防止法では、加害者に対して保護命令とそれに違反した場合の罰則が定められました。しかし加害者の暴力的な心理状況を放置すればまた暴力を繰り返す可能性があります。DVはもともと親密な関係における問題であり、保護命令を申立てた妻が暴力的な夫のもとに戻らざるを得なかったり、子どもの父親の関係が残ったり、ただ逃れるだけでは済まない状況があります。被害者のより強力な保護を考えると、加害者の身柄の拘束やそれに代わる暴力を抑止するための強制的な教育やカウンセリングのプログラムを導入することなど、加害者への対策の充実が求められます。 DV防止法は3年後に施行状況を検討し必要な措置を講じることになっています。スタートラインに立ったばかりのDV防止法が、関係機関が連携し関わっている人たちの経験を積み重ねて、真に被害者の保護に効果的なものになることが期待されます。 離婚を考えているDVの被害者は協議離婚が困難で調停の申立てをする人が多いのですが、各家庭裁判所は調停の運営や子どもと関係などでの事故防止の対策を立てています。しかし当事者の話合いを前提とした調停にはなじまない激しい暴力を伴うケースがあり調停の現場では対応に苦慮しているようです。 |
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暴力は基本的に人権侵害の問題ですが、暴力の程度によっては被害者が相談機関の支援を受けたり自助グループに参加することで状況の受け止め方が変わり、そのことが加害者に影響を与えて暴力の抑止に繋がることもあります。しかし身の安全が脅かされるなど緊急の場合は警察の介入が必要になります。また暴力が予想されるときは、相手が簡単に探し出せない避難場所を考えておき、持出すものの準備もしておきましょう。 今までの生活していた場所から出ることは生活や子どもの問題などがあって不安が大きいものです。あらかじめ配偶者暴力相談支援センターや福祉事務所などに相談しておくことで、生活の支援、子どもの問題への対応、保護命令の制度や保護施設、各種相談機関の利用など様々な情報や支援を得ることができます。いずれの場合も一人で悩まず最寄の相談機関に相談したりインターネットなどで地域で利用できるサービスの情報を得ることがより良い解決に結びつくでしょう。 |
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