家庭問題情報誌ふぁみりお

  DVに対する総合的な取り組み
-ワシントンD.C.のDV法廷を中心に-
どこの国でも最近まで、夫が妻に対して暴力を振るうことは特に問題にされていませんでした。女尊男卑の国アメリカも例外ではなく、「妻が夫の意に添わないと夫は妻を殴ってもよい、ただし鞭は自分の親指より太くないものを使用すること」というコモンロー由来の「親指ルール」があっただけです。女性たちがなぜ夫の暴力に耐えなければならないのかと声を上げたのは1970年代後半のことでした。依頼DVは社会的な問題として認知され対策が必要と考えられるようになったにもかかわらず、DV事件は後を断たず、女性が受ける被害の最大のものとなっています。DV事件への対策が進まない理由は、警察も司法も家庭内のただの喧嘩としてなかなか本気で取り上げないこと、手続きがばらばらで利用しにくい効果的な処置を執りにくいことなどにあります。
 これに対して、ワシントンD.C(合衆国の首都ワシントンがあり州に準じる地区)では、家庭内犯罪法と必須逮捕法を制定するとともに、民事(家事を含む)および刑事の手続を統合して行う「DV法定」という制度を設け、1996年に運用を開始しました。
 他の諸国やアメリカの他の州でも対応策を立てつつありますが、今のところこのDV法廷が最も徹底しているのでその概要を紹介し、わが国の状況にもふれてみましょう。
ワシントンD.CのDV法廷の特徴
<利用のし易さ>
 DV事件が発生したら、被害者はまず裁判所の中にあるDV法廷受付センターへ駆け込めばよろしい。これは民間の施設で、支援を提供するさまざまな組織の事務所が置かれている「ショッピングセンター」です。ボランティアもいて、落ち込んでいる被害者に声をかけ、支えてくれます。
 係員は被害者と面接して事件の内容と背景を聴き、手続きを説明し、申立書を作る手伝いをしてくれます。相談も申立ても無料です。ほとんどの人は自分で手続きできます。事件が込み入っている場合には弁護士を頼む方がよいこともありますが、無料か低廉な費用で引き受けてくれる組織を紹介してもらえます。手続はすべて「安く」、「簡易に」、「早く」をモットーとしています。
手続きの統合>
 弱い立場にある被害者にとって助かるのは、用意に手続できること、違う役所を駆け回って同じことを何度も言わされたり書かされたりしなくてすむこと、対応が素早くかつ実効あることなどです。
 DV法廷はこの要請に応えるために、民事事件(家事事件)手続および刑事事件手続を統合し、一人の裁判官が一つの家族の問題を民事事件としても刑事事件としても担当することにしました。裁判官は民事事件、刑事事件に関するすべての記録を見て被害者と加害者との関係の変、加害者の犯罪歴、養育費の支払い状況などを考慮した上で民事事件、刑事事件それぞれに一貫した判決を下します。トラブルを一挙に解決してDVの再発を防止し、被害者が安心して暮らせるようにすることがねらいです。
当事者と事件の範囲>
 DV法廷で扱う当事者の関係には、夫婦、もと夫婦、恋人(ロマンティックな関係にある者―性的関係の有無を問わない)、もと恋人だけでなく、親子、兄弟まで含まれます。つまり、老人虐待や家庭内暴力として把握される事件まで含まれることになります。
 上記の関係者の間でT暴力、A脅迫、B財産の侵害が発生した場合の事件を扱います。暴力、脅迫には身体的だけでなく、精神的、性的、経済的なものが含まれると解釈されています。
民事手続の概要>
 被害者は安全を求めて民事保護命令の訴えを起こすことができます。同時にとりあえず緊急に保護してもらうために一時保護命令を申請します。一時保護命令では、接近禁止、一時的監護権の移動のほか必要と認められる銀行口座からの引出し禁止などを命じることもできます。一時保護命令の有効期間は14日です。
 裁判所は命令を発してから14日以内の日に審問期日を指定します。当事者が希望すれば、エゴシエーターが双方の主張と希望を聞き、整理して合意ができるかどうか確かめます。合意に達しなかった場合には、裁判官は、審問して相当と認める場合民事保護命令を発します。その内容は、一時保護命令による保護の継続とともに、面接交渉権の制限、養育費支払い、住居退去、共有住居の所有権放棄、暴力被害の治療費支払い、財産への損害賠償、対アルコール・DVや親としてのあり方に向けてのカウンセリング受講などを含めることができます。この命令の最大有効期間は1年です(ただし養育費支払いについては子が成年に達するまで)。
 被告が命令に違反した場合には法廷侮辱に問われます。これには民事裁判と刑事裁判とがあり、民事裁判では300ドルの過料が課せられますが、実際には6ケ月の懲役または1000ドルの罰金(主として懲役が選択される)という刑事裁判に処せられることが多いそうです。
<刑事手続の概要>
 DV事件が犯罪を含むときは刑事事件となります。民事保護命令に違反してなされた行為についても同様です。この場合、検察官は刑事法廷侮辱でも起訴できるのですが、刑事犯罪として起訴する方が効果が大きいことから多くは刑事脅迫の道を選びます。
 被害者は刑事事件の当事者ではないのですが、証人として発言するほか、「被害者影響陳述」により被害の実情、後遺症、現在の気持ちなどについて裁判官に書面または口頭で陳述する機械が与えられます。
 軽罪の場合は、1年以下の懲役および/または罰金、接近禁止、カウンセリングの受講、社会奉仕、保護観察などから選択された刑が科せられます。
 殺人、レイプ、強盗などの重罪の場合は、1年以下の懲役および/または罰金ですが、ほとんどの被告人は懲役刑を科せられます。さらに、多くは上記に挙げた他の処分が付け加えられます。
 <関係諸機関との連携>
 DV法廷は、裁判所と警察、観察などの国家機関の他多くの非政府機関(NGО)との連携によりフルに効果を発揮します。多くのNGОは手続支援のほか衣食住や精神的なケアが必要な被害者に対するシェルターの提供やカウンセリング機関の紹介などの援助を行っています。

わが国では
 わが国のDV防止法で保護命令違反に刑事罰を科せられるようになったのは画期的なことですが、実際にどの程度効果があるか、ワシントンD.CのDV法廷と比べてみましょう。
<利用のし易さ>
 まず配偶者暴力相談支援センターが警察に相談するかまたは公証人に宣誓供述書を作ってもらわなければならないのでは、手間や費用がかかります。申立書の書き方も難しく、これまでの実績では大半は弁護士に書いてもらっているようです。
 DV法廷では手続がやさしく支援もあり、だれでも自分でできるようになっています。
対象と手続の範囲>
 もと夫婦や親兄弟間の暴力は扱わない、精神的暴力や経済的しめつけは扱わない、というのでは狭すぎるのはないでしょうか。
 DV法廷ではエゴネーション手続も取り入れ、養育費支払い、監護の変更なども命じることができるようになっています。
<命令の実効性>
 加害者の住居退去期間が2週間では、被害者はせいぜい逃げる算段ができる程度ではないでしょうか。
 DV法廷では退去期間が最大で1年で、加害者へのカウンセリング受講命令など治療面への配慮もあり、根本的な対応が可能でしょう。



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