家庭問題情報誌 「ふぁみりお」 第27号(2002.6.25発行)
海外トピックス 27
DVが職場に及ぼす影響(ニューヨーク市)
ニューヨークの貿易センタービルが同時多発テロによって倒壊したとき、その現場に真っ先に駆けつけて、陣頭指揮に当たったジュリアーニ市長(当時)の姿を覚えている人は多いことでしょう。そのジュリアーニ市長が今世紀の初仕事として署名した市条例があります。ニューヨーク市評議会が42対3の圧倒的多数で可決し、市長のサインを求めたものでありました。

その条例は、丹生ーヨーク市内の前雇用主に対して配偶者、別れた配偶者又は親密な関係にあった者やルームメイト等から脅かされ、つきまとわれ、あるいは暴力を振るわれ得る状況にある労働者を解雇したり、不採用としたりすることを基本的に禁止するものです。さらにこの条例は、特にDV等被害者である労働者に対し、雇用主への不服をニューヨーク市人権委員会に申立てる権利を付与することとしており、雇用主を帰省するこの種の条例としては、アメリカ国内でも初の試みであるとされています。条例の内容を見てみましょう。
職場での安全の責任
この条例は、配偶者等からの暴力の被害者に対する雇用関係の安定および職場における有効な暴力防止を目指しており、その政策の策定と運用を雇用主の責務として課しているものです。

米国司法省の統計によれば、毎年職場内で起こされる暴力事件のうち3万件から4万件が、親密な関係にある者からの暴力であることが報告されています。また、政府関係誌の統計によれば、この種の暴力によって、雇用主側が受ける休業及び生産性定価を原因とする損失は毎年50億ドルにも達しています。

全米法律家協会DV問題委員長ベティJ.ガロウ弁護士は「DVは決して家の中だけに閉じこもってはいない」「労働者は賃金を得るために職場を必要とし、雇用主は高い生産性を備えた労働者を必要としている。雇用主はDV対策への十分な認識を要請されている」と説いています。

DVに対する職場での有効な安全対策の策定及びその運用には、法律専門家の助言を必要とします。計画立案に当たって不可欠とされる内容としては、適切な安全規定の策定、被害者の緊急時非難場所当の整備のほか、暴力現場で被害者の救出及び加害者の対応に当たる責任者の教育・訓練等が挙げられています。
問題への多様な対応
この条例の下では、雇用主とその顧問弁護士は、職場での有効なDV防止の対応に失敗すれば労働者の士気の低下、生産性の低迷、そして場合によっては雇用主の責任が問われるおそれのあることを常に認識している必要があるでしょう。

事案によっては、労働者が配偶者等からの暴力の危険を漏らしていたのに、雇用主側がこれを看過して解雇や不採用にすれば、条例違反の責任や、指導監督怠慢の責任を問われることもあり得るとガロウ委員長は述べています。また、電話番号や住所などの私的な情報を労働者の承諾なく漏らすことがあれば、雇用主の責任は免れません。

職場に影響を与えるこうしたDVの加害者に対抗する法的手段としては、暴力等の被害者が裁判所の対して「職場を含めた」すべての場所での接近禁止の保護命令を求める訴えを提起する方法があります。裁判所がこれを命じた場合には、雇用主は、加害者に違反行為があった場合の明確な対応を義務付けられます。また、必要に応じて職場内部の安全規定による禁止命令の発動や、法執行当局に対する刑法上の不法侵入等の通報が可能となります。
条例のもたらすインパクト
この条例によってDV被害者の雇用の安定と職場での安全が図られるならば、雇用関係面からの被害者の救済に一定の効果をあげることになるでしょう。

わが国においては、DVが職場に与えるえいきょうについての十分な検証がなされているとはいえません。DVにしても幼児や高齢者等に対する虐待にしても、本来、密室の中だからこそ起こり易い行為であるだけに、被害者の実態そのものも不透明です。まだまだわが国のDV問題は「家の中に閉じ込められている」状態にありますが、将来を考えるとニューヨーク市での試みは他山の石とすべきではないでしょうか。


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