DV加害者への対策 (イリノイ州ケイン郡での試み) |
|||||
わが国では昨年10月いわゆるDV(ドメスティック・バイオレンス)法が施行されました。本誌でも度々DV問題を取り上げてきました。被害者(多くの場合女性)に対しては、身体的安全を確保するシェルターの充実とともに、精神面でも非常に傷ついているのでカウンセラーによる心のケアも求められます。わが国では、まだまだ被害者対策に追われていて、とても加害者への対策まで手が回らない状態です。しかし、暴力を振るった者に対して、ある期間被害者へ接近することを禁じたとしても、その期間が過ぎればまた同居し、暴力を繰り返す例が非常に多いのです。加害者に対しても何らかの矯正教育が施されないかぎり、事態は改善されないでしょう。 |
|||||
1 イリノイ州ケイン郡でのDV加害者対策 | |||||
イリノイ州の首都であるシカゴの東に位置するケイン郡では、刑事司法当局が事件に厳しく対処し、配偶者虐待の有罪判決が増加しました。その結果、保護観察部門に大変な負担がかかってきたために、裁判所はこうした事態に対応して集中矯正プログラムを開発してきました。これは加害者の中から危険度の高い重罪人を選別し、通常の矯正プログラムよりもずっと厳しい監督の下におくというものです。本人の出頭回数も保護観察官の訪問回数もずっと多く設定され、改善の度合いも治療プランの中で度々チェックされます。集中矯正プログラムでは被害者の安全を確保するために、加害者担当の観察官が加害者と被害者との接触をもコントロールします。加害者の社会復帰への動機づけを強化し、新たな暴力行為が発生したときにその事実を早急に発見できるという点でも効果があります。このプログラムの実施によって、かなりの数の被害者の生命が救われたともいわれています。 1997年ケイン郡保健局が司法機関や社会サービスなどの地域の関係団体に対して、「目下直面している重要問題」について調査したところ、DV問題が最重要問題であることで一致しました。そこで多くの官庁や公的機関は直ちにDVに対する査察、調査、起訴を強化して撲滅に当たることになりました。 警察では、さまざまな部署の警察官に対し、DV通報への対応について集中的な訓練を行いました。特殊なポラロイドカメラを大量に配布し、捜査に役立つ証拠を入手できるようにしました。 DV対策の強化に伴って検察庁もDV事件の起訴係を設置し、検事補、被害者の弁護士、刑事捜査官、事務職員から構成されたチームを作りました。このチームが事件を組み立て、たとえ被害者が非協力的であったり証言をしたがらなかったりした場合でも、起訴して加害者に圧力をかけるように努力しています。チームの基本的姿勢は、「家庭内暴力は重大犯罪であり、暴力の加害者は全員起訴が要請される」というものです。 こうしたDV対策の強化によって、起訴された加害者は数百人も増加しました。しかし、起訴されたケースの多くは、被害者に身体にいつまでも残るほどの深刻な傷害を与えたわけではなかったので、投獄されるほどの刑は受けていません。大多数の男たちは、DVカウンセリングを受けることを命じられて保護観察に付されることになります。 |
|||||
2 DV加害者へのスーパーヴィジョン(監督) | |||||
保護観察中のDV加害者の監督は困難であるばかりか、時には危険なことさえあります。DV加害者たちは、自分は処罰を受けるような悪いことをしていないと考えている点が問題なのです。通常の刑事事件の犯人は内心では自分は罪を犯したと思っていますが、DV加害者は妻子や女友達に手を上げることを犯罪とは思っていないのです。彼らは家庭をコントロールするためには暴力を用いる権利があると信じる社会に育ってきたのです。そのため彼らは何故自分が変わらなければならないのか、その道徳的理由が分からないので、自分を改善しようという動機づけが希薄なのです。それにDV行動は、刑事司法機関の介入以前から、心理的、身体的虐待の繰り返しであることが多いのです。彼らにとってはいつもの行動パターンであるから、家に戻ってきたら再びもとの木阿弥で同じことを繰り返します。こうした行動様式を変えさせるために、集中的カウンセリングを行っています。 加害者の監督をする上でのもう一つの問題は、配偶者間の暴力の大部分のケースでは、被害者(妻)は再び加害者(夫)のもとに戻ってしまうということです。それにはいろいろな理由がありますが、夫への恐怖心、妻自身の自己評価の低さ、経済的依存、家族からの圧力などが考えられます。その結果、保護観察中の加害者が同じ被害者を再び虐待する危険があります。 薬物の乱用もしばしば家庭内暴力と結びつきます。薬物乱用そのものが直接に暴力の原因とはなりませんが、自己の意思決定を曇らせたり、非合理的行動に走らせる危険を増大させます。したがって、DV加害者への監督は、単に暴力行為だけではなく、薬物依存を絶つためのトレーニングをも必要とします。 保護観察中の加害者が再び暴力行為を犯すことがありますが、その要因としては、1個人の権力や支配の喪失感 2対人関係の喪失 3注目を集めたい欲求 4心理的障害 5薬物依存 6脳の損傷 7長期にわたる暴力の習慣等が挙げられています。家庭生活でも人間関係の葛藤をかかえていたり、家族を暴力で支配しようとする精神病理的な傾向、薬物乱用等の要因を持つ者をもとの地域社会に戻したら新たな暴力行為を起こす危険性は高いといえます。DV加害者は薬物検査を受ける、家庭訪問を受け入れる、カウンセリングを受ける、州外の旅行禁止などを求められますが、こうしたことから観察官の指導監督は非常に困難です。 |
|||||
3 DV保護観察プログラムの開発 | |||||
1998年にDV保護観察プログラム(DVO)が採用され、累犯や重大なDV加害者に対してより厳格な指導監督を行うようになりました。この適用を選択する基準は、被害者の身体に損傷を与えるような暴力行為や、そこまでは至らなくても行為の反復がある場合です。初犯で妻を押しのけただけとか言葉の暴力や単純に殴っただけといった軽微な事件には適用されません。しかしながら、初めて家族を殴り軽犯罪として扱われたとしても、再び殴ることがあったら今度は重罪に格上げされます。通常の保護観察であれば最低6ヶ月の間、月2回保護観察報告をすればよいのに対して、このプログラムでは最低限週1回の報告が義務づけられます。また。通常だと着実な進歩改善が認められれば、月1回の報告でよくなるのに対して、このプログラムの加害者は、カウンセリングが完全に軌道に乗ってくれば、報告が1週おきに減らされる程度です。カウンセリングを成功裏に終了できて、保護観察のどの項目もきちんと守ることができたらこのプログラムから外されて通常の保護観察に移されます。また普通は観察官が1月おきに家庭訪問するのですが、このプログラムでは最低でも月1回の家庭訪問を受けます。家庭訪問の目的は加害者が自分の住居を正しく報告しているかどうかが分かりますし、その家庭内で発生する可能性のある虐待や虐待の証拠を発見することもできます。それは本人に対し、自分が刑事司法当局の監督下にあることを再認識させる効果もあります。観察官は被害者との信頼関係を築き、相互によいコミュニケーションがとれるように努めます。多くの被害女性は、結局もとの虐待関係に戻ってしまうので、加害者のおかれている基本条件を説明し、無料の被害者カウンセリングやその地域のシェルターなどの情報を提供します。被害者が観察官と接触を避けたいときはその立場も尊重されますが、気が変わればいつでも受け入れられるように常にドアは開いています。 | |||||
4 DV加害者へのカウンセリング | |||||
DV保護観察プログラムの主要な部分は、26週間にわたるDVカウンセリングを全員に受けさせることです。このカウンセリングは、怒りの感情をコントロールするテクニックに焦点を当て、暴力という手段は決して適正ではないという事実を強調します。男性は自分の妻子を従わせるべきという彼らの社会的信念を突き崩し、彼らの自尊心は暴力で妻子を支配することからはえられないことを本人に自覚させようと努めます。家庭内での男性の役割について不適切なステレオタイプを崩すことで暴力行為の減少を目指すものです。彼らの機能障害、虐待の行動パターンを矯正して対人関係の持ち方を改善するよう援助します。自分の行動にもっと責任をもつように緊密な指導を加えるのです。 | |||||
5 DV保護観察プログラムの評価 | |||||
1998年11月に施行されて25人の加害者への保護観察が開始されました。このプログラムは大変成功しているようです。このプログラム参加者は、再犯すれば他の者たちよりも厳しい制裁を受けます。例えば再犯者の場合、普通の犯罪では53%が投獄されていますが、このプログラム参加者では92%が投獄されています。プログラムの違反は重大であると裁判所が考えているからです。 |
|||||
出典 “Intensive Probation for Domestic Violence Offenders” Richard Johnson, Federal Probation Vol.15 No.3 (2002) |
|||||
|
|||||
|