1 はじめに

当センターでは、いわゆる「DV法」成立にさきがけて、離婚の際に妻が経験している夫からの暴力被害と子どもへの影響についての調査分析を行い、 その結果をもとに被害者支援活動のための提言を行ってきました。 また、その過程で、被害者支援のもつ対症療法的性格の限界性を認識するとともに、DV問題の根本的解決、再発防止と予防のためには、 加害者に対する支援・教育が不可欠であることを痛感してきました。 そこで平成14年度は、「加害者といわれる夫も、子どもとしては被害者であったかもしれない」という視点を加え、 加害者支援・教育のあり方を考えるための準備作業的な調査を実施しました。 具体的には、結婚前の若い青年男子(高校生)を対象に、DVに対する意識と、彼ら自身の暴力的被害体験を問うアンケートを実施しました。 今回その回答の中から、DVに対する意識の背景となっている家庭観と暴力の被害体験の部分に焦点をあて、高校生の描く家庭像として紹介してみたいと思います。 家庭観については、高校生自身の意識と同時に、将来像のモデルである両親の現状を高校生がどのように感じ取っているかについても調査しました。 したがって、文中に紹介する両親の意識は、両親からの直接回答ではなく、高校生の感じ取った両親の意識です。 対照群の女子高校生の調査結果やスクールカウンセラーでもある調査者の相談現場での経験などを織り交ぜながら、以下にその概要をお伝えします。 (文中では男子高校生は男子、女子高校生は女子と表示します)。


2 家庭観

このテーマについては、体力差と男女のあり方、男女の権利の侵害状況、家庭内の夫婦のパワーの優劣、家庭内の性別役割分担、 家庭内暴力、家庭内コミュニケーションの6領域について、高校生自身の意識と、モデルとしての両親の現状をどう捉えているかの両面から質問しました。

@ 体力差と男女のあり方
「体力差で男女を差別しない」ことには女子の85%を最高に、男子も両親も80%の賛成が示されました。 しかし、体力差を理由に「生かす場が違って当然」との質問にも、男子からみた母親の賛成が63%に下がるだけで、父親は80%が賛成し、 高校生自身も父親ほどではないにしても、体力による役割の区別を受け入れる傾向にありました。

A 男女の権利の侵害状況
男女の権利の侵害状況では、男性よりも女性の権利が軽くみられがちとする意見がいずれでも50%を超え、最高は男子の母親の70%でしたが、 親子ともに同性の側の被害を強く意識する傾向がありました。

B 家庭内の夫婦のパワーの優劣
パワーの優劣では、高校生は両親のいずれにもパワーが存在しているとは思っていませんが、父親だけがパワーを行使しているつもりでいるとみられています。 父親の勢力は父親が思っているほど強力でなく、母親も家庭内で主導権をもつほど強くなく、親の権威の喪失状態がみられます。

C 家庭内の性別役割分担
家事分担については、高校生と母親の90%は両性が共に分担することに賛成するのに対し、父親だけは半数しか賛成していないとみられています。 質問の仕方によって変化がみられ、「家事育児は女性がするのが自然」という設問では女子の47%、男子の62%しか賛成がありませんが、 「夫も家事を手伝うがあくまで主体は妻」とすると、女子の賛成は上昇して61%になり、男子の母親が、賛成より反対が上回ると思われているのが注目されます。

D 家庭内暴力
家庭内の暴力については、「どんな理由があっても、絶対許されない」に対して、女子の賛成が最高の80%を示し、その両親が73〜75%、 男子とその父親が70%という結果でした。しかし、「権威や正義を守るためには暴力もやむを得ない」となると、 男子とその父親は約半数が暴力肯定に傾き、女子とその両親、男子の母親も30%がやむを得ないと考えています。 権威とは何か、正義とは何かが大きな問題であり、自分の権威、自分だけの正義を守るための暴力が振るわれる可能性が危惧されます。 また、妻と子どもへの暴力についての設問に対して、「夫の意見に従わない妻は暴力を振るわれても仕方がない」では、さすがに賛成は少なく5%ですが、 父親は賛成すると考えた男子、女子が各々10%います。他方、子どもに対する暴力では様相が大きく変わり、「殴ってでも教えるべき」に、 女子の70%の反対が突出するほかは賛否半ばになりました。子どもへの暴力が暴力絶対反対の適用除外となり、男子が子どもへの暴力を受け入れていることがわかります。 男子が夫や父親になる将来の暴力の問題を考える上での課題といえるでしょう。「言葉も一種の暴力」に対しては、90%が賛成を示しています。

E 家庭内コミュニケーション
家庭内のコミュニケーションでは、「家族への優しいことばかけ」を90%が必要と認めながら、「夫は外で頑張っているのだから、家に帰って不機嫌でも仕方ない」 という具体的状況になると、意見が分かれました。女子と母親は80%が反対意見であるのに対して、男子と父親は賛成が半数を超え、 特に男子の父親は67%が賛成していると思われています。女子より男子の方が父親に同情的なようです。 全体的にみると、家庭内の男女平等を8〜9割の高校生は観念的には支持しています。しかし、具体的、現実的な質問になると支持は下がり、 女子より男子の方に本音と建前の不一致がみられました。家族の中で、父親が最も伝統的、固定的な価値観にとどまっているとみられており、 母親が最も先進的、現状否定的であると、女子より男子が強く感じています。高校生自身は両親の中間に位置し、男子は父親に、女子は母親に、 同調的、近似的意識を示しています。父親に近い性別役割意識をもっている男子が母親を先進的とみているようですが、これは母親役割遂行への期待・依存が女子より強く、 その甘えが母親の不満を最も敏感に感じとらせているとみるのが妥当ではないでしょうか。 相談の現場でも、母親が朝起きない、弁当を作らないとの不満が男子からよく聞かれますが、彼らは、更年期についての知識を与えられるだけでも、 母親に対する見方を変え母親を助ける存在に変わろうとする成長力を持っています。そのような彼らを「依存するだけの子ども役」あるいは「ちいさなお父さん役」 から脱皮させ、協同・協力しあえる家族メンバーに育てるような教育的援助がいま求められているといえます。


3 被害体験

暴力は、被害経験が加害行為として再生産されるといわれます。高校生はどのような経験に対して被害感情を抱いているのでしょうか。 調査は、被害経験の記憶再生が二次被害になることを避けるために、よい経験と混在させて回答してもらいました。

@ 経験の内容
経験の内容をみると、50〜60%が挙げた経験のワースト3は、男女とも「一方的に意見を押付けられたり、説教された」、「きょうだいや友達と比較された」、 「出て行けといわれたり、家に入れてもらえなかった」でした。 男子が女子より高い回答者比率を示している経験は、「一方的な意見の押付け」と「他との比較」だけで、よい経験のなかで男子が女子を上回るのが 「自分の判断や行動の自由を認めてもらった」だけであることも合わせ、男子は自分の独自性、独立性を侵害されるときに自尊感情を損ねるようです。 女子より自我が強固であるといえる半面、未熟な人格であれば、独善、排他感情が強いともいえます。 女子は、男子より多くの経験数を挙げ、「話をろくに聞いてもらえなかった。無視された」、「馬鹿にされたり、ののしられたり、怒鳴られた」、 「殴られた、たたかれた、蹴られた」、「誰のおかげで食べさせてもらっている」などを50%前後が経験しています。 よい経験の高順位に「よく話を聞いてもらえた。気持ちがわかってもらえた」、「つらいとき、病気のときなどに心配してくれたり、支えてくれた」、 「ほめたり、励ましてくれた」があることも合わせ、女子は対人関係に敏感で、受容、承認への拒否に傷つきやすいようです。 男子に比べ他者依存的、受動的傾向にあるともいえます。

A 身体的暴力行為の経験
身体的暴力行為の経験には二つの特徴が認められます。ひとつは、男女とも半数が身体的暴力行為を経験していますが、量的にも質的にも、 最も嫌な経験とは感じていないことです。自己批判的に暴力を肯定、受忍する傾向がみられました。二つ目は、女子の被害の深刻さです。 女子は男子以上に暴力を経験しているだけでなく、性的被害や「産まなければよかった」といわれるなど、もっと深い傷を受けていることです。 受けた被害のなかで、女子が最も嫌な経験と感じているのは性的被害ですが、2位は女子の1割が経験している「産まなければよかった」という存在否定の言葉です 。種々の重複被害の上に投げつけられるこの言葉は、心に深く突き刺さっているようです。

B 被害経験の時期
被害経験の時期は、男女ともピークは中学生時代です。男子は高校時代には被害が激減しますが、女子は小学生時代と同水準の被害を受け続けています。 特に、身体的暴力でこの傾向が顕著にみられます。男子は育児に手のかかる幼児期から被害を受けていますが、 女子は幼児期の被害が少ないかわりに高校生になってもまだ叩かれていることがわかりました。高校生の相談現場での被害の傾向との一致を感じます。

C 加害者は?
加害者になっているのは誰でしょうか。母親が34〜38%を占め際立っています。2位は父親で、父母を合わせると60〜64%になります。 男子に対しては母親が34%、父親が26%、女子に対しては母親が38%、父親が26%となり、数値的には母親が女子に対して加害者になっている関係が浮かびあがります。 子どもに接する機会の多い母親がひとりで悪役を引き受けている状況ともいえ、児童虐待にみられる加害者状況に重なるものがあります。

D 自由記載欄にみる心の叫び
自由記載欄には、被害経験への気持ちが文字にされていました。いまだに傷の癒えないつらさや相手への怒りの感情が記されているのはもとより、 被害者の心の荒みようが生々しく表現されていました。誰にもケアされないままおとなになっていく子どもの叫びです。 今回の被害経験の調査であきらかになった、安全で心安らぐ居場所のない家庭、よい子になって防衛的な生き方を余儀なくされるような女子の家庭内での軽い存在、 被害経験がもたらす被害者の心の荒廃…。これらは、日頃、高校生が相談の中で訴えてきたことそのものです。高校生にとって、 暴力の問題は被害者としては決して将来の問題なのではなく、過去から続く、いま現在の問題であるということを痛感します。




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