CCP試行の背景
オーストラリアでは1976年に家族に関する問題を扱う家庭裁判所が創設され、カウンセリングやミディエーションの手続が取り入れられました。
これらの手続により紛争が解決する事件も多いのですが、解決しない場合訴訟になり、訴訟自体は対審構造でなされます。
しかし対審構造では時間とコストがかかりすぎることが認識され、1995年に法改正委員会が修正の検討を始めました。その報告が2000年に公表されました。
また、現場の裁判官から「子の監護に関する事件は対立当事者間の争いである一般事件とは性格が大きく異なっており、
当事者としては現れない子の利益を守るためには裁判所の配慮が必要である」という趣旨の多くの指摘が寄せられました。
こうした背景のもとに、2004年に「Childrens Cases Program, 略してCCP(子のケースのプログラム)」という実験的手続がシドニーとパラマッタの家庭裁判所で
試行されることになったのです。
基本的理念
CCPは次のことに焦点をあてて裁判所が手続に積極的に関わることとしています。
* 子のために可能な限り最もよい、そして長続きする解決を目指す
* 対審的な手続を減らす
* 解決が必要な真の争点を早く見出して決定する
* 子の将来のニーズを考慮に入れる
* 審理は時間とコストのかからない方法で行う
* 正義にかなう適正な手続を提供する
これらは対審構造の大枠を崩すものではありませんが、コモン・ローの原則を修正することになるので恒久的に実施するとなれば立法的手当てが必要で、現段階では試
験的な試みに止まります。したがってCCPの対象とな
る事件と実施の条件、手続の進行、とりわけ証拠の扱いについて周到な規定がなされています。
対象となる事件と実施の条件
子の監護に関するすべての事件が対象となりますが、国際的児童誘拐の民事的側面についてのハーグ条約に関する事件と裁判所に対する違反、侮辱に関する事件は例外です。
これまで受理した事件には、リロケーション(監護者および子の転居に関する紛争)、身体的・性的虐待、子の意向、共同監護申立ての事件も含まれています。
事件をCCPの対象とするには、両当事者が説明を受けた上での書面による同意(informed written consent)が必要とされます。
CCPを担当する裁判官はいつでも事件を一般手続に戻すことができます。この場合事件は一般手続の事件簿における順位を失わないものとされます。
手続の開始と進行
ミディエーションが成功せず訴訟の段階になったときにCCPを選択することが可能となります。法律扶助協会は代理人のいない当事者にCCPに関する情報を提供しています。
代理人がいる場合には裁判所は当事者に代理人と相談するよう助言します。当事者が説明を受けた上で同意書に署名するとCCPの手続が開始されます。
当事者は子に関して現になされている合意および将来の監護についての希望に焦点をあてた質問票への回答を求められます。
これは当事者の安全について裁判所の配慮を促すものともなります。当事者は裁判所に最初に出頭した際「子どもが第一」というビデオを視聴します。
CCPの手続は格式ばらないで和やかな雰囲気のもとに行われます。各当事者は子に関する事柄について包み隠さずかつ正直に述べることを求められます。
裁判官は各当事者が最初に出頭したときに紛争についてそれぞれ10分程度陳述を聴くのが普通です。
事件によってはミディエーターが同席して裁判官と当事者に情報を提供したり援助したりします。
争点の特定と証拠の決定
裁判官は通常第1回期日に当事者およびその代理人と協議して紛争のない事実、争点に関係ある係争事実および争点を洗い出します。
紛争のない事実とは、たとえば同居期間、別居の時期、現にある監護協定、住居、面接交渉、通学、医学的処置についての合意などで子に関して紛争のない背景事実です。
裁判官はこれに基づいて紛争のない事実、係争事実および争点を特定してリストを作り、即日当事者に交付するかまたは口頭で内容を告げて後日遅滞なくリストを渡します。
裁判官は当事者、その代理人、およびもしいれば子の代理人と協議して、争点について決定するためにどんな証拠が必要かを決めます。
また裁判官は証人を制限したり証人が証言しようとすることを制限したりすることもできます。逆に特定の争点についての証拠を要求することもできます。
これは当事者自身が裁判所に提出すべき証拠を決める通常の手続の場合と全く異なっています。
証拠調べの特則
コモン・ローには、訴訟における証拠調べについて厳格な規定があります。たとえば主尋問と対立当事者の反対尋問による交互尋問制度の採用、伝聞証拠の排除などです。
オーストラリアでは証拠法190条でこうした原則を緩和する場合をこと細かに定めています。
当事者がCCPの審理を受けることに同意した場合この条項の適用を受けることになります。
当事者または証人の提出する文書、写真、ビデオ、オーディオ・テープなどへの異議は基本的人権、違法性その他重大な根拠による以外は認められません。
その他この手続における特則が詳細に規定されています。
CCPにおいても裁判官は証拠の適切性、信頼性、重要性を考慮し認容されうる証拠を採用するべきであることに変わりはありません。
不適切にまたは不法にえられた証拠の排除に関連する条項の適用は除外されません。
証人尋問のあり方は裁判官の裁量によりますが、当事者、代理人、裁判官の間の秩序ある討論として進行することが要求されます。
子の役割と代理人
子のCCPへの参加はその希望、年齢、発達度などに支配されます。通常子の希望は家族の報告または専門家の報告により伝達されるのですが、
裁判官が妥当と考えかつ子が同意すれば裁判官は子と面接することができます。この場合裁判官は子の代理人など別の者の同席を指示することができます。
最近、子は両親のいずれとも利害の異なる場合のあることが広く認識され、子の代理人という独自の地位が認められるようになってきました。
子の代理人がない場合、裁判官が必要と判断すれば弁護士などの第三者を選任します。法律扶助協会では子の代理人のための法律扶助を特別早く認可する規定を作り、
便宜を図っています。
手続の終了
CCPは、一つの山場をもつことを特徴とする対審構造と異なり、事件が係属している間なだらかに連続している手続です。当事者が争点を解決できない場合、
裁判官は係属中いつでも決定をくだすことができます。裁判官がすべての争点を最終的に決定するとCCP手続は終了します。決定には簡単な理由を付します。
当事者は最終決定に抗告することができます。
フイードバックと評価
CCPは独立した学術機関により厳格な評価を受けることになっています。
当事者と代理人は自分の受けた手続に対するコメントをフィードバックするため電話番号およびeメ−ルアドレスを渡されるだけでなく、この機関による面接を受けます。
CCP手続による事件処理の効果は一般手続によるものと比較対照されます。
わが国では
わが国では、子の監護や面接交渉に関する紛争は家事審判法9条1項乙類4号で定める「子の監護者の指定その他の事件」として扱われています。
これは当事者がイニシャティブをもつ訴訟事件ではなく、裁判所が広範な裁量権と責任をもつ非訟事件です。
だからオーストラリアの試みの基本的な考え方の一部はわが国ではつとに先取りされているともいえます。
しかし逆に裁量権が広範すぎて担当者により手続がまちまちになるという恐れがあるかもしれません。
CCPのように対審構造の大枠を維持した上でその修正をきめ細かく定めるという考え方に学ぶべき点もあるように思えるのですが・・・。
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