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◆平成家族考 45


平成19年10月に養育費相談支援センター(以下、「支援センター」という)が開設されてちょうど1年が経過しました。 この支援センターは、東京・池袋のサンシャインシティ60ビル5階にある家庭問題情報センター(以下、「えふぴっくFPIC」という)が 厚生労働省の委託を受けて設立したもので、主な事業として、@全国の母子家庭や離婚に直面している方からの電話やメールによる相談(=相談事業)、 A全国の母子自立支援員を中心とする養育費相談に携わっている方たちの研修、育成(=研修事業)、Bホームページやパンフレット等を通じた啓発、 情報提供(=情報提供事業)の3つの事業を展開してきました。

養育費の確保に関する相談は公正証書、調停、審判、強制執行など法的な手続についての知識が必要になり、また単にお金の問題ではなく、 別れて暮らす親と子の絆を確かめ育てていくという大切な目的があるため、自治体等の窓口での相談業務においても、 これからまだまだ充実展開させていかなければならない分野です。

ちなみに、平成18年度の厚生労働省の調査によれば、離婚母子世帯のうち父親から養育費を受給しているものの割合はわずかに19.0%に過ぎません。 景気の後退、様々な格差の拡大、深刻化する少子化問題などを背景とする養育費の確保は今後ますます重要な社会問題となるでしょう。

このような状況を踏まえ、支援センターは、電話相談や電子メールによる相談を行ってきたほか、全国研修や各地に出張しての研修、 ホームページの立上げやパンフレットの作成、「養育費相談の手引き」など相談員のための資料の作成、配布等さまざまな業務を実施してきました。 いろいろな業務を手探りで切り開いてきた1年間でしたが、本号では、開設1周年を経た支援センターのこれまでの活動経過を振り返り、 少しずつ見えてきた養育費支払いの実態や問題点及び今後の相談支援の在り方、相談に当たる人材の育成等について考えてみたいと思います。

1 相談件数は約3千件、1日平均10件〈相談事業〉



(1)相談件数

支援センターは、日曜祝日を除く週日の午前10時から午後8時まで、電話と電子メールによる相談を実施しています。 平成19年10月から同20年9月末日までの1年間の相談件数は3,018件であり、1日当たり約10件の相談が寄せられたことになります。 このうち電話が7割、メールが3割ですが、最近3か月間ではメールによる相談が増えています。 子どもたちが寝た後でパソコンや携帯に向かっているお母さんたちの姿が目に浮かびます。

男女の比率を見ると女性が86.5%、男性が13.3%と圧倒的に女性が多い(図1)のですが、支援センターの存在が男性にも知られるようになったのか、 男性からの相談件数も少しずつ増えてきています。

(2)相談内容

また、離婚別件数については、離婚後の養育費に関する相談が55.0%と半数を超え、離婚前の相談が32.2%、 婚姻外の子の養育費に関する相談が6.7%となっています(図2)が、開設当初に比べてこれから離婚をしようと考えている方からの相談が少しずつ増えています。 婚姻外の子に関する相談については、若い男女が子の出生後関係を解消した例や、妻子がある男性との間に生まれた子の認知や養育費をめぐって争いが生じた例など 深刻なものがあり、つくづく生まれてきた子どもたちの幸せを願わずにはおれません。

具体的な相談の内容(図3)については、最も多いのが、こういう場合には養育費が請求できるのか、 慰謝料や財産分与とはどう違うのかといった養育費の特質や考え方などに関する相談であり、次いで多いのが養育費不履行に関するもの、請求手続に関するもの、 養育費の算定に関するもの、強制執行に関するものという順になっています(複数の相談事項を重複して計上した)。

個別の相談内容について見ると、養育費をどのようにして取り決めたらよいかという相談が多いのですが、相談員は、まずはお互いの話し合いを勧めており、 自主的に話し合って取決めができたときには、なるべく公正証書を作成することを勧めています。また、話合いができないときには、 家庭裁判所の調停を活用することができることを伝え、申立手続などについてアドバイスしています。

また、離婚時に、あるいは離婚後に取決めをした養育費がしばらくして支払われなくなった、どのようにして請求や督促をしたらよいか、 何度催促しても誠意が見られないため、強制執行をしたいがどのような手続をとればよいか、といった相談も毎日必ず数件あります。

相談員が回答に困るのは、元夫の所在が分からず、勤務先も分からない、あるいは強制執行をしたところ会社を辞めてしまった、というような相談です。 家庭裁判所や地方裁判所の手続を利用したくても、元夫の実家の協力が得られないことが多く、このような場合は、戸籍の附票を参考にしたり、 友人や知人を頼るなどして自分の力で住所や勤務先をつきとめてほしいと助言したり、こういう方法で探し当てたという他の相談者の経験を伝えたりしています。 

また、男性からの相談では、会社が倒産したり、転職を余儀なくされたりしたため給与が激減した、 これまでどおりの養育費は支払うことができないので減額したいがどうしたらよいかといった相談もあります。 概して父親としての責任を放棄して省みない男性が多い一方で、誠実に支払い続けていながらも経済状況の変化のために履行し続けることができなくなったという例もあります。

養育費を請求したいがいくら貰えるのか、養育費の相場はどのくらいかという相談も少なくありません。 養育費は基本的に父母の収入に応じて負担すべきものであって、個別の所得状況を抜きにした客観的、固定的な額というのはありません。 標準的な養育費額については平成15年に現役の裁判官たちが研究した結果をまとめた「養育費の算定表」が活用されています。 これは東京家裁や大阪家裁のホームページで検索することができますし、支援センターのホームページでも紹介しています。 相談者には、算定表の基本的な考え方に基づいた一定の範囲の金額を参考にしてもらうこともあります。ただし、地域差もありますし、 さまざまな個別の事情がありますから、算定表を参考にする場合には、あくまでも目安として、 そして客観的合理的な資料として父母がお互いに参考にするようにと助言しています。

2 全国研修3回、講師派遣56回受講者数は2,000人を超える〈研修事業〉

養育費に関する相談は、何といっても地域社会に密着した住民サービスとしての母子自立支援活動が中心になっていく必要があります。 このため、支援センターは全国の自治体で直接母子家庭の相談に携わっている母子自立支援員の方を対象とした研修、育成に力を入れてきました。 その結果、この1年間で全国研修3回、各地の研修会等への講師派遣は56回に上り、参加者は合計で2,000人を超えました。

(1) 全国研修

○ 平成19年9月5、6日、盛岡市において開催された全国母子自立支援員研修会に先立って、母子自立支援員の方を対象とした養育費相談支援に関する研修会を開催し、 110人が参加しました。

支援センター開設直前の研修会であったためFPICの組織を挙げて取り組み、瓜生武副理事長、吉川好昭主任研究員(東京成徳大学准教授)による講演、 青柳周一主任研究員による講義のほか支援センター主任相談員による養育費算定演習が行われました。

母子自立支援員の方たちにとって養育費に関する法律知識や算定の基本的な考え方、離婚に伴う親子の課題等に関する講演、講義は貴重で新鮮な情報として大変好評でした。

○ 平成20年7月7,8日、東京千代田区の主婦会館で養育費専門相談員全国研修会を開催、38人が参加しました。 「養育費専門相談員」は、平成19年9月に厚生労働省から出された通知によって全国の自治体に設置されるようになった専門相談員ですが、 支援センターが把握している限りでは平成20年9月現在都道府県、政令都市、中核市の合計103自治体のうち約30自治体に配置されており、 今後逐次配置されるものと見込まれます。

この養育費専門相談員は、各自治体の養育費相談支援の中核的な役割を担う存在であるため、専門的な知識技法の習得を目的としたプログラムを実施しました。

特別講演には家裁裁判官としてのご経験が豊富な首都大学東京法科大学院の若林昌子先生を迎え、「養育費をめぐる法律的諸問題」というテーマで、 相談者として身に付けておくべき基本的な法的枠組について、最近の裁判例を踏まえた丁寧な解説を受けました。 また、相談は紛争解決の第一歩であり、今後展開されることが予想されるADRの一端を担うものであること、したがって、 もう一方の当事者があることをよく自覚した中立公正な視点に立つことが大事であることなどが指摘されました。

翌日は支援センターが独自に工夫したインシデント・プロセス法を応用した事例演習を初めて実施しました。 少しずつ明らかにされていく情報に即して対応を考えるという実際の相談場面に添った方法に参加者から好評を博しました。

○ 平成20年9月10,11日高知市で開催された母子自立支援員の方を対象とした養育費相談支援に関する全国研修会には90人が参加しました。

大阪弁護士会所属で、家事調停官のご経験もある片山登志子先生は、特別講演「離婚調停・離婚訴訟における当事者支援」において、 子のある夫婦が離婚に直面したときに考えなければならない子の福祉、子の幸せということについて情熱をもってお話になられ、参加者に深い感銘を与えました。 特に「離婚は過去の生活の清算ではなく、将来に向けた新しい人間関係の創造にかかわることである」という先生の言葉は、 引き続いて開催された全国母子自立支援員研修会も含めて、3日間の研修会全体を通じて何度も確認された言葉となりました。

また、NPO法人「しんぐるまざぁず・ふぉーらむ」の大矢さよ子理事は、ひとり親相談研修などの活動から母子家庭がお互いのことを知り、情報を交換し、 支え合うことの意義や、病を抱えている家庭、DV被害のある家庭などへの支援など「しんぐるまざぁず・ふぉーらむ」のさまざまな活動に基づいて、 真に当事者の立場に立った支援の在り方とは何かということについて、説得力のあるメッセージを投げかけられました。

翌日の午前中は、5つの分科会に分かれてインシデント・プロセス法を応用した事例検討、養育費算定演習が行われました。 助言には東京、大阪、高松からFPIC主任研究員及び支援センター主任相談員計10人が当たり、熱心な討議が行われました。

(2) 全国各地での研修

支援センターは開設以来56か所の自治体に講師を派遣し、母子自立支援員の方や、関係部局の職員の方を対象とした研修を行ってきました。 参加者は1年間で2,000人を超え、このうち直接母子家庭のお母さんたちを対象とした市民講座の参加者も約150人ありました。

養育費の相談支援に当たっては、やはり地域社会の就労状況などの実情を熟知した相談員が、 直接面接を繰り返して問題解決に至るように相談や支援を行うことが何より必要です。支援センターは、 今後も各自治体で養育費の相談に従事しておられる母子自立支援員や女性相談員の方々に、相談・支援に必要な知識・面接技法等に関する研修を重ね、 人材育成に力を入れていきたいと考えており、全国どこでも無料で講師を派遣できる態勢を整備しています。

3 ホームページ・携帯サイトを開設、パンフレット24万部を市区町村に配布〈情報提供事業〉

(1) ホームページの開設

支援センターの立上げと同時に、独自のホームページを立ち上げました。ホームページには、養育費に関するQ&Aや全国の相談機関一覧を掲載したほか、 ホームページから直接メール相談を送信することができるようにしました。また、平成20年8月には携帯サイトも立ち上げ、携帯からのメール相談も増えています。

ホームページへのアクセス件数は毎月2,000件を超えており、すでに2万4,000人を超える方々がホームページを訪れている計算になります。

(2) 全国の市区町村の相談窓口にパンフレット

支援センターが作成した「親からのメッセージ・養育費−別れて暮らす親と子の絆のために―」というパンフレットは全国約1,900の市区町村等の相談窓口に置かれています。電話相談の7割はこのパンフレットを見てというものであり、多くの母子家庭や離婚を考えている方々の目に触れていることが分かります。このパンフレットはこれまで約24万部を配布しています。

(3) セミナー・無料相談会の実施

平成19年2月16日、FPICと主婦会館との共催により東京・千代田区の主婦会館で「養育費について考える」というテーマでセミナーと無料相談を実施しました。 都内などから市民32人が参加、相談者は12人でした。

(4) 各種資料の作成・配布

母子自立支援員の方たちのハンドブックとして「養育費相談の手引き」を作成したほか、 FPICが作成した「親と子の上手な面会交流−子どものすこやかな成長を願って−」や「夫婦の危機と養育機能の修復」、 「離婚した親と子どもの声を聞く」等の資料を研修教材として配布してきました。 特に平成17年にFPICが独立行政法人福祉医療機構の助成を受けて実施した全国調査に基づく「離婚した親と子どもの声を聞く」で報告されている 親の離婚を経験した子どもたちの声については養育費の相談に当たる方たちに大きな関心を持って読まれています (「ふぁみりお」第35号に掲載)。

4 見えてきた課題と今後の展望

(1) 養育費相談から見えてきたもの

○父親の生活状況からあきらめている母親も少なくない。 ○養育費はもらえないものと思っている人がまだまだ多い。 ○養育費の取決めを一人でするのは大変だと思っている人が多い。 ○離婚したら養育費は払わなくてもよいと思っている男性が少なくない。 ○子どもの気持ち、子どもの幸せということに目を向ける余裕のない父母が多い。 ○養育費の取り決めをしてもすぐに支払いをやめてしまう父親が少なくない。 ○離婚後の事情の変更によって養育費の増額、減額について争いになっているケースが多い。 ○強制執行をすることにためらいがあり、あきらめている母親も少なくない。 ○離婚後所在が分からなくなる父親も少なくない。 ○強制執行をしても養育費が確保できないケースが少なくない。 ○離婚する前に養育費や親子の面会交流について決めておきたいと考える母親が増えている。 ○父親の責任として養育費を考える男性も少しずつ増えている。

毎日の相談業務から、およそ以上のような問題が見えてきました。 正確には何らかの標準的な調査によって確認されなければならないわけですが、 こういう実情からこれからの相談支援の在り方について考えさせられることも少なくありません。

(2) 相談支援の在り方

相談や支援は、やはり問題解決につながるものでなければなりません。 端的にいえば19.0%という養育費受給率を少しでも上げることに寄与することを目標として、 一つひとつの事例が少しでも問題解決に達するように支援していくことが求められています。単に手続を教えるだけではなく、相談者の不安や悩み、 心情をよく理解して問題解決に踏み出す力を引き出し、行動を起こすことができるように支え、見守り、フォローしていくことが必要です。

養育費の相談支援のもう一つの柱は、子どもへの配慮の視点に立つことです。養育費は単にお金のやりとりの問題ではなく、 別れて暮らす親と子の心の絆の育成に深く関わるものであることを父母双方によく分かってもらうことが必要です。 親が離婚した子にとって、離婚後の父親と母親のまなざしがいかに必要かということが、養育費を強く請求する母親たちに十分には意識されていないことが少なくありません。 「離婚は過去の生活の清算ではなく、将来に向けた新しい人間関係の創造にかかわることである」という片山弁護士の問題提起をどのように実現するかということが、 相談支援のもう一つの大切な目標です。

(3) 制度の適切な運用、改善のために

公正証書の作成や調停手続について適切に助言すること、相談者の主体性を支えること、子への配慮を促すこと、などが相談者の基本的な役割であることは既に述べました。 しかし、現行の制度や手続の活用を助言するだけではいろいろな限界があることも見えてきました。

例えば、協議離婚の届出の際には親権者を決めることだけが義務付けられていますが、 その際に今後の親子の生活プログラムについて十分な話合いや取決めがされていないために、後でいろいろな争いが生じるもととなっています。 特に養育費に関する取決めや別れて暮らす親子の交流などについては、離婚の際にできるだけ十分に話合いをしておくことや、 その取決めの実行に責任が伴うことを確認するという、制度的な担保を考える必要があるのではないでしょうか。

また、別れていても、子の成長のために自分と同じ水準の生活をさせなければならない強い義務(生活保持義務)がある、 ということに対する認識が極めて乏しい父親が少なくありません。子のある夫婦の離婚に当たっては、この当然に果たさなければならない義務の実行についての協議を、 離婚の必要条件とすることはできないかという検討課題があるように思われます。

さらに、養育費の取決めをしていても住所や勤務先を明らかにせずに養育の義務を投げ出している父親が少なくありません。 このような父親の住所や勤務先を探すことも、現状では子を養育する母親自身に課さざるを得ないのが現状です。子に対する養育の義務を持つ親については、 子やその代理人からの請求があれば住所や勤務先を明らかにしなければならない、といった制度的整備によって救われる母子は決して少なくないでしょう。

児童扶養手当と養育費の関係など、国の援助と親の義務との関係や、養育費を負担している親に対する税制上の手当てなど、 継続的かつ確実に養育費を支払うための制度の検討も待たれます。

履行確保については、平成15年及び16年と民事執行法が改正され、期限未到来の養育費についても差押えができるなど子の福祉の視点に立った改正が行われています。 しかし、まだまだ強制執行に関する手続を子を抱えた母親一人で実行することは荷が重く、その手続の過程で生じる新たな葛藤や不安にも対応したきめ細かな支援策が必要です。

家裁の行う履行勧告は一定の成果を挙げていますが、なおその実効ある運用が期待されます。

養育費の不履行に対する心理的強制として設けられた間接強制についても、その活用は極めて少ないという実情もあります。 さらに、財産開示手続や第三債務者(義務者に対する給与支払者等)に対する取立訴訟などに関する専門家の支援を求める声もあります。

また、制度整備や改革に向けて子と別れて暮らしている親だけでなく、子を持つすべての親に、子の成長に対する責任ということについて、 もっと自覚を促すよう広報活動や情報提供活動を積極的に展開していく必要があります。法や制度整備がなくても、 当然に果たすべき義務を果たす父親を増やしていかなければならないわけです。

子の福祉と、これを支える金銭給付に関する制度や親子の交流についてのシステムの整備は、現在各国が取り組んでいる世界的な問題です。

我が国においても、少子化社会における子育て支援策の一環としての意義も持つ養育費問題の、よりよい解決に向けた関係機関相互の連携協働の推進が必要です。

支援センターは、個々のケースの問題解決につながるよりきめの細かい相談をしていくこと、また、そのための相談員を育成することに力を注ぐ一方、 離婚した親と子の生活実態を十分に踏まえた制度整備への提言を目指していきたいと考えています。


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