1.ノルウェーの現状
'70〜'80年代初めまでは他の北欧諸国に比べ、働く母親への社会的援助が遅れていたノルウェーですが、'80年代中盤以降、家族政策に大きな関心を寄せ、
共働き家庭への政策と社会福祉が非常に大きな課題とされました。保育園・学童保育の整備や出産・育児休業制度の拡張が急速に進み、
'93年には両親休暇の中に義務的な4週間の父親休暇を導入しました('05年には5週間に延長)。'90年代の家族政策は、父親の養育する権利と義務がその中心に据えられてきています。
その一方で両親の破綻率が高く(OECD圏内で高い数値の他の北欧諸国と比しても高い)、出生する子どもの90%が実父母と生活していますが、
17歳では実の両親と同居しているのは66%しかありません。
これは、離婚率の高さと、事実婚による同居カップルの多さによる結果です。事実婚は、法律婚によるカップルより破綻する率が著しく高いのです。
そして実の親のどちらかと暮らす場合、85%が母親と暮らしています。ノルウェーの男性の多くが子と離れて生活していますが、その多く(75~77%)は頻繁に面会交流を行っており、
90%は少なくとも月に1度の面会をしているとの調査もあります。全く面会を行っていない父親は5%以下とされています。
反面、離れて暮らす父親の28%, 母親の場合48%が不安感や抑うつ感を訴えていて、ノルウェー人の平均値をかなり上回っています。
また、離れて暮らす父親の25%は経済的に苦しく、一般の男性より高率で福祉の手当てを受けています。
'01年の改革は、養育費の算定に男女の不公平さをなくすことと、父子の交流を奨励するという明確な目的をもって、国の養育費のシステムを更新することで、
社会が子どもと深くかかわる父親像を求めながら、離別のリスクが増加しているという逆説的な現状に対応していこうというものです。
2.改革の原則
それまでのノルウェーの養育費制度は、支払義務者
(多くは父親)がその支払い能力に応じて支払うというものでした。算定には、義務者の総収入と扶養しなければならない子どもの数が決定要因です。
子ども1人に総収入の11%、2人なら18%、3人なら24%、4人以上なら28%が養育費として算定されていました。
義務者に新しいパートナーとの間の子ども(義務者の実子のみで、パートナーの連れ子は除きます)がある場合は、その子どもを含めた数で等分にされます。
'01年の改革による新ルールでは、子どもの実際の生活費が算定の出発点です。国立消費者調査研究所が開発した標準的家計費から子どもの実生活費を算出し、
両親の収入に応じて比例配分し、養育費が決まります。しかし、養育費を支払うと残された可処分所得が非監護親と新たなパートナーとの間の子どもとの生活費を下回る場合、
例外的適用になります。非常に所得が低い場合には、養育費負担額ゼロとなることもあります。
最後に重要なことは、養育費の算定が、面会交流がどのようになされているかによって、調整されるということです。
子どもが非監護親宅で宿泊しての交流を行っている場合、過ごした日数によって減額されます。
このように改革は、養育費についてふたつの明確な重要な規範を基礎にしています。第一は、両親相互の家計における比例配分による負担です。
監護親が非監護親からの経済的給付を得るために子どもを手元に残すことはできなくなります。
第二は、面会交流の意欲を高めるというのが重要な関心事です。実はもうひとつの重要な局面がやや不十分な議論のまま、あいまいなかたちで残されてしまいました。
それは、非監護親に新しいパートナーとの間の新たな子どもがいる場合、非監護親の収入が非常に低い場合にのみ、養育費負担額を減額したことです。
新たな子どもに対する養育義務も認めなくてはならないというわけです。
3.非監護親の意識調査
こうして実施された改革の基本原則をどう思うかという形で、'01.12月~'02.1月に非監護親に対して調査が行われました。
国民保険に登録して養育費を支払う父親たち(ノルウェーの非監護親の90%をカバーしています。登録していないのは、仲介を必要とせずに自力で養育費を支払っている、
しかも監護親は国からの一人親への手当てを必要としない、紛争性の低い、比較的裕福な層と考えてよいでしょう)の中から無作為抽出された人たちに、質問紙が郵送され、
1,035人中584人、56%から回答がありました。
回答者は、対象者全体に比べると年齢及び子どもの数で差はありませんが、収入は高めでした。前述したように、
養育費の支払いを自力で行う富裕層は対象外であることと考え合わせると、今回のサンプルは経済的に中間層と考えてよいでしょう。
質問は、改革の基本原則である、以下の9つの設問に対して、「反対である」の1から、「賛成である」の5まで、5段階で回答するようになっています。
- @ 子どもの養育費は、監護親を非監護親より裕福とするほど高額にしないほうがよい。
- A 母親が自分で子どもを養育できるほど高額の収入がある場合は、養育費は低くしたほうがよい。
- B 母親が高収入の男性と同居している場合には、養育費を低くしたほうがよい。
- C 子どもと面会していない父親には、養育費の支払いを求めなくてよい。
- D 養育費は、子どもの生活にかかる費用の額を超えないほうがよい。
- E 養育費は、義務者に新しいパートナーとの間の子どもがあれば、減額してもよい。
- F 母親が父子の面会を拒否している場合は、養育費を受けられなくてもよい。
- G 父親が連れ子のいる女性と同居している場合、その子どもも養育するために、養育費を減額してもよい。
- H 頻繁に面会交流を行っている非監護親は、養育費を減額してもよい。
これらの設問は、両親の比例配分に関するもの@ADと、新しい家族に関するものBEG、面会交流に関するものCFHに分けられます。
それぞれの設問に対しての全回答者の平均スコアを見ると「4」以上となった設問は5つあり、その順位はH、@、F、D、Aとなっています。
Cを除いて、比例配分と面会交流に関する設問には、父親たちの強い支持が得られたものの、新しい家族に関する設問は、2.5から4の間の得点で、
父親たちも中立的な回答をしていること、あるいは父親の中にも反対の意見があることが分かります。そして設問Cの平均スコアは約2.25と最低で、
やや反対意見に近い結果となりました。
こうした質問紙による調査の方法論的問題から、肯定する回答をしがちであるという傾向がありますし、
政治中枢によって導入された政策に忠実であろうとする姿勢とも解釈できますが、どの設問も「養育費を減額する」方向性をもつ文章なので、
支払う側の父親たちの利益を考えれば賛成を選ぶのも当然と思えます。そこで、父親たちのどのような特性が影響しているのかを分析しました。
分析に使われた特性とは、父親の年齢、収入、最終学歴、現在の同居者(パートナー、子ども等)の有無、母親の再婚・同棲、母親との関係が良好か否か、
子どもとの面会交流の有無と程度、破綻から3年未満か以上か、父母は同居していたか否か、以上9項目です。その結果、回答に最も大きく影響しているのは、
母親との関係であるという結果になりました。そして、自分の状況に関連する原則には利己的な回答をしているのではないかという点については、
比例配分や新しいパートナーとの間の子どもについての原則には、一般にも広く議論されているので、利己的な判断を抑えた回答がなされていると分析しています。
ただし、母親に新しいパートナーがいる場合に減額することについては、ノルウェーにはまだなじみの薄い原則なので十分に認知されず、
父親自身がその状況にあるか否かで大いに違いのある意識をもつと筆者は述べています。
また、面会交流についても既にノルウェーではよく議論されている問題ですが、非常に感情を伴う事柄であるので、自己の状況によって意識がずいぶん異なると分析しています。
しかし、「C子どもと面会していない父親には、養育費の支払いを求めなくてよい」については、公の賛同が得られてはいないことであるので、全体としては反対意見が多く、
前記のとおり「やや反対」に近い結果となったというのが筆者の見方です。
4.終わりに
ノルウェーの男性は、父母の役割を限定せず、チームワークとしての共同作業と考え、家計への責任も育児への責任も両方を果たすべきと考えていて、
国の養育費の原則もほぼ受け入れているが、男女平等参画が浸透していない国ではなかなか受け入れられないだろうと筆者は述べています。
面会交流の程度が養育費算定に影響するという原則が導入されていることや、養育費の算定に関して公の形で議論されていることは、日本の現状との大きな隔たりを感じます。
しかし、離婚後の父母の関係がよければ養育費の算定・支払いについての葛藤も少なく、面会交流も順調に行われるというのはどこの国でも共通のようです。
他の研究で、養育費を支払わないのは、母親に浪費されてしまうという疑惑や、母個人の支出に使ってほしくないという意見があります。反対に快く支払っている理由としては、
「離別するまでに母子とよい関係を築けなかった償いとして」、「一緒にいられないことへの代償として」、「面会交流を行うための保証として」ということを挙げる父親もいます。
日本には協議離婚があり、離婚の条件として「養育費を含めた経済的給付を一切求めない」というのが少なからずあることは憂慮すべきです。養育費の意義と、
算定の基準や支払方法を広く議論し、面会交流の制度的導入とともに、車の両輪のようにバランスよく、親と離別した子を支える方策を整えるべきでしょう。
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