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 欧米の多くの国では離婚は判決でなされるので、子の監護、面会交流に関しても裁判所が関与することが多く、 監護親はどこで子を育てるか、非監護親は、いつ、どこで、どのような方法で子と面会交流するかなどが細かく決められます。 この取決めはかなりよく守られていますが、監護親がそれまでの住所と離れた地で就職したり、 再婚したりして子を伴って転居したいと望むと、非監護親が取決めのとおり子に会うことができなくなる可能性があります。 非監護親が監護親の転居に異議を述べると、監護親は裁判所に転居(リロケーション)の許可を求めなければなりません。 許可がないのに転居すれば監護権を失うことになりかねず、監護親は移るべきか移らざるべきか悩むことになります。 転居許可の申立て件数は鰻上りでこれをどう裁くか、双方の言い分に理があるだけに裁判所にとって最も悩ましい問題の一つになっています。 アメリカの各州では「転居法」を制定し、随時改正しています。 判例と法は揺れ動き、家族法雑誌では、子の監護の一項目として必ず取り上げられ、学会でも議論されています。 ここでは、主な判例とその背景を簡単に紹介します。

単独監護と共同監護

 欧米では、監護権と親権は厳密に区分されていないので、ここでは監護として一括します。 監護には、法的監護および身上監護があります。アメリカで共同監護が取り入れられた当初、 法的にも身上面でも父母の権利は同等でなければならない、たとえば監護する時間が全く等しくなければならないと考えられたこともありました。 しかし、これでは子は絶えず父母の家を右往左往しなければならず落ち着きのない生活になってしまうことが理解されてきて、 大部分のケースでは身上面ではどちらかの親(多くは母)のもとで生活し、他方の親と面会交流するという形に落ち着いてきたようです。 つまり共同監護であっても、実際の生活面では単独監護とあまり変わらないことになります。 ただ転居については、後述のメイナード事件におけるようにこれが問題になることがあります。

アメリカの判例の推移

[トロペア事件以前]
 アメリカは州ごとに法律も裁判の傾向も異なっています。 ニューヨーク州では、第一審で次のような三段階方式による指針を用いていました。
第一段階 転居は「定期的で意味のある面接」を妨げるか否か。妨げないならば転居は許される。
第二段階 妨げる場合、監護親は転居の必要な特別の事情を明らかにしなければ転居は許されない。
第三段階 特別の事情が認められた場合、子の最善の利益が検討されこれが認められれば転居は許される。
[トロペア事件]
 ニューヨーク州で、監護親である母が婚約者と新たに安定した家庭を築いて、 その中で子を養育するためとして転居の許可を求めました。父は「意味のある面接」ができなくなると反対しました。 第一審では母が第二段階をクリアすることができなかったとして転居の申立ては却下されました。 控訴審では、これは非監護親との面会交流と転居の必要な特別の事情の有無に重点を置きすぎていて、 子の最善の利益が十分考慮されていない、両親の権利は重要な考慮事項ではあるが、 最大の重点は「子の権利とニーズ」であるとして、1996年に転居を認める判決がなされました。
 トロペア事件は、最初から子の最善の利益を問題にすればよいということで、監護親にとって有利なものでした。 しかし、当事者双方にとっては、裁判所が子の最善の利益としてどのファクターを重視するかの予測が困難になったとも言えます。
[バージェス事件]
 上記の事件の判決があったとほぼ同じ時期に、カリフォルニア州の裁判所でバージェス事件の判決がありました。 同州は進歩的で先進的な裁判がなされることで知られています。 バージェス事件は、監護親が従来の住所から40マイル離れた地に転居する許可を求めたものです。 裁判所には多数のamicus curiae(裁判所の友)から意見が寄せられました。 その中に共同監護の提唱者として有名なジュディス・S・ワラースタインがいました。 彼女は、長年にわたる研究と実例をもとに長文の意見書を提出しました。 その骨子は、子と監護親との関係が安定していればそのまとまりは守られるべきある、 これを断ち切れば離婚で傷ついた子に更なる傷を負わせることになる、 監護親が新たな職業の機会や親族関係の構築を求めて転居することを、子の監護権を失う恐れから断念すれば、 その心理的、経済的ダメージが長年にわたり子の福祉に影響することもある、 子は親の自己実現を妨げた原因が自分にあると知れば重大な重荷を負うことになる、 よって裁判所は安定した親子関係に介入する場合には極めて慎重でなければならない、 というものです。裁判所はこの意見を取り入れて転居を許可しました。以後、監護親は子との間に安定した関係があり、 子の監護に要する時間の大部分を占めている場合には、 転居の必要性を明らかにしなくても転居が認められるという考え方が主流となりました。
 バージェス事件判決の影響は圧倒的で、裁判所は転居の必要性が明らかでない場合でも遠距離の、 また外国への転居さえ認めるようになりました。 たとえば、監護親の親族から「精神的支持」がえられるという理由や監護親に十分な資力があるのに親族の援助を期待すると いうだけのことでも転居が認められたのです。 要するに、親の転居する権利は、長年にわたり確立されてきた「子の最善の利益」という基準に対して切り札を突きつけたようなものでした。
[ラ・ムスガ事件]
 2004年4月カリフォルニア州最高裁は、ラ・ムスガ事件で子の権利を守るために監護親が非監護親から離れた地に転居することを より慎重にせよと判示しました。 最高裁は言い古された感のある「子の最善の利益」という基準を適用し、子の最善の利益に適うか否かを決定するには、 「現存する監護取決めの安定性と継続性」における子の利益、転居の距離と子の年齢、子と両親との関係、 両親間の交流と協働の能力および子の利益を自分自身のそれより優先する親の能力を含む要因を考慮しなければならないと判示しました。 監護親の転居に歯止めをかけるこの裁判は、長らく待ち望まれていたもののようで、 これを契機に子を伴う監護親の転居に関する州法が改正されました。 判例と法の流れは、転居の必要性→子の最善の利益→監護親との安定した関係→子の最善の利益、と揺れ動いているように見えます。
[メイナード事件]
 転居に関する裁判は枚挙に暇がなく、ここではノースダコタ州最高裁が2006年2月に下した判決を紹介します。  メイナード夫妻の離婚判決には、子に対する法的および身上監護のいずれについても共同監護とするという父母の合意が含まれていました。
親の離婚後子は12夜を父のもとで過ごし、それ以外の夜を母のもとで過ごしていました。 母は自分の分野での職業を継続するためにミズーリ州に転居したいと思い、裁判所に許可を求めたところ、 父は親としての権利を侵害されるとして転居に反対しました。 第一審裁判所は、転居は子の最善の利益に合致するとして許可しましたが、父は上訴しました。 ノースダコタ州法によれば、監護親は、非監護親が面会交流権をもっている場合には、 裁判所の命令または非監護親の同意がなければ転居を許されない、監護親が転居を許されるか否かについては子の最善の利益が重視される、 となっています。最高裁は、母は子が母のもとでより多く過ごしているから自分が監護親であると主張するが、 離婚判決では父母の共同監護となっているから、転居を許可されるためにはまず自らを単独監護親とするという監護の変更を求めなければならない、 その際には子の最善の利益が考慮されると判示しました。

わが国では

 わが国では離婚の場合、父母のいずれかが親権者(監護を含む)となります。最近の調停で非親権者と子との面会交流が合意されることは少なくありません。 この場合、非親権者は面会交流権をもつことになります。親権者は子の居所指定権をもってはいますが、 遠くに転居して非親権者と子の面会が困難になる場合、面会交流権をもつ非親権者の了解を求めているでしょうか。 親権者が転居するのは自由で、非親権者は子が遠くに行ってしまったら実際上面会を諦めているのではないでしょうか。 こうしたことについてはあまり語られることがないようで、実情は分かっていません。 転居に関する紛争が表立っている事件についての家庭裁判所からの報告も統計もないそうです。
 転居が大問題となっているアメリカを始め(インターネットで関連事項を検索すると26万件にも及びます)、 諸外国とわが国との相違が顕著です。子の養育費さえ義務者の半分ぐらいしか履行しなくても異とされないわが国のことですから、 面会交流権などは問題にならないのかもしれません。彼我の法のあり方について考えさせられます。



【「ふぁみりお」39号の記事・その他】

子どもたちへの応援歌 - 子どもの立場から面会交流を考える -  

少年たちと言葉
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