1 「普通に」
調査の第一目的は、非行事実について、少年が自分自身の心情や感覚に合致する言葉で説明できるようにすることです。
そのような過程の中で、少年は犯してしまった非行と向き合い、過ちを認識し、現実を受け止めるスタートに立つのです。
時に彼らは「普通に」という言葉を発します。「普通」とは「広く一般に通ずること」、「どこにも見受けられるようなものであること」(広辞苑)を指すのは言うまでもありません。
ところが、少年の中には「普通にムカツキました」とか「普通に盗みました」等と用いる者がいるのです。同じ境遇でも皆がムカツク訳ではないでしょうし、
そもそも盗みをすること自体普通ではないはずで、聞く者は、つくづく彼らとの会話で文言通りの解釈は危険と思い知らされます。
彼らの「普通に」には、他者の視点を欠いて自らの基準でしか考えることが出来なかったり、
自分の行為を事細かに分析するのが煩わしかったりといった姿が浮かび上がります。あるいは、私のような他人に分かるよう話すつもりがないのかもしれません。
いずれにせよ、彼らは言語化という作業に慣れていないか、こうした知力も労力も要する作業が面倒で回避しているのでしょう。
けれども、私はこれに耐え得る力こそが、今、最も彼らに求められているのだと感じています。混沌とした思いを言葉に置き換えることで気持の整理がつき、
自らを客観視できますし、衝動的な振る舞いにブレーキがかかり、他の解決法に気付く余裕が生じるからです。
私たち調査官は日々、事実の調査の中で少年に問いかけ、寄り添い、諭しながら、彼らの言葉探しに付き合っています。すなわち、言葉を媒介として保護的措置を施しているのです。
うまくいく場合ばかりではありません。言葉よりも図示する方が伝わりやすい少年にも出会います。しかし、それでも私たちが言葉で彼らと向き合おうと試みるのは、
言葉の使用が人間の証である以上、少年の言葉を開発することが人間性を養うことに通じると信じているからなのでしょう。
(東京家庭裁判所調査官 田中知加子)
2 「ノリ」
「欲しかったから万引した」というように、物欲を行動と直結させた非行少年に、自分の責任を認識させることはさほど難しくはありません。
それは、法律違反をしてまで自分の欲求を優先させたことはよくない、欲求を抑えられなかった責任は自分にある、という思いが少年にあるからです。
しかし、「ノリ」で非行を犯したと言う少年の多くは、非行に至った責任の大部分を仲間に負わせ、自分の責任を過小に評価しがちです。
質問して返ってくるのは「友だちが…」という言葉ばかりで、反省する態度も見られない、そんな少年も珍しくありません。
自分の責任を明確に認識することは、再非行を起こさないための大事な要因の一つです。
そのため、調査官は、少年に自分の責任をきちんと見つめさせるような働きかけを行うのです。
「ノリに合わせたのはどうして?」、そう質問しても少年たちが的を射た返答をすることは少なく、「雰囲気?」と、疑問文口調で返答されることもしばしばです。
こういうときは視点をかえ、「ノリに合わせなかったらどうなっていた?」と質問してみます。すると、「仲間外れにされていたと思う」という答えが多く返ってきます。
そこで、「仲間外れにされることが怖くてノリに合わせたのかな?」と確認すると、「うん」と答えてくれます。
これでようやく、「ノリに合わせたのはどうして?」という問いの答が、「仲間外れにされることが怖かったから」だと分かるのです。
非行の誘いを断れば実際に仲間外れにされてしまう集団に属しているのか。それとも、非行の誘いを断れば仲間外れにされてしまうと過剰に不安を感じているのか。
いずれにせよ、そのような少年は、仲間外れにされるという自分にとっての嫌なことを回避するため、言ってみれば嫌悪刺激からの回避欲求に導かれるまま、
「ノリ」で非行を犯してしまっているのです。自分の欲求を充たすために非行を犯したことに気付ければ、「ノリ」で非行を犯した少年たちも、
自分の責任に目を向けてくれるようになります。
(東京家庭裁判所調査官 柳田宗孝)
3 被害者感情を理解させる
少年との面接で「今回の件では誰に迷惑をかけたかな?」と質問すると、多くの少年は「親に迷惑をかけた」「学校の先生に申し訳ない」「警察官の人に迷惑をかけた」
などと答えることがある。
そこで「被害者のAさんには?」と聞くと、ようやく「あ、Aさんに迷惑かけてしまいました」「ここを出たら謝罪に行きたい」という。
しかしながら、これは聞かれたから答えているというレベルである。そこで重ねて「あなたがAさんだったら、謝罪に来たらどう思うだろうか?」などと問いかけると、
少年も言葉に詰まり、事の重大さを感じ始めることがある。
平成17年8月、札幌市で開催された犯罪心理学会において、青森少年鑑別所の大関技官らが「鑑別所入所中の少年に対するロールレタリング」の研究発表を行っていた。
これは実際には投函はしないが、少年がまず被害者宛の手紙を書く課題を行い、次に自分が被害者の立場になり、その手紙の返事を自分宛に書くのである。
この結果、被害者役として自分宛に書いた手紙の中に「私は元気です」「あなたも鑑別所に入って大変ですね」などと、
被害者の感情をほとんど理解できていないものが多く見られたという。逆にいえば、それだけ相手の気持ちを考えずに非行に及んでいたことがわかり、
今後、少年に対して被害者感情を理解させるための働き掛けの重要性を思い知らされる。
少年事件の被害者の声を審判や処遇に活かすためには、少年に被害者の立場に立って考えてもらうことが必要である。
しかし、面接時の言葉だけのやりとりだけでは難しいので被害者照会の結果を活用したり、被害者の手記や講演に基づいて感想を話し合うなど、さまざまな方法について、
研究を積み重ねていかなければならないと感じている。
(東京家庭裁判所調査官 熊上 崇)
4 「関係ない」
少年たちと話していて、よく耳にする言葉に「関係ない」という言葉があります。友だちのことを聞かれ、今度の件と「関係ない」と続くのは序の口、保護者の話になって、
「あいつら関係ねえよ」となったり、果ては、前号の熊上調査官の指摘ではありませんが、被害者が恐怖心を抱いてショックを受けた、と言った時でも、
「関係ない」と少年が答えてしまうのですから、何の落ち度もない被害者からすれば、たまったものではありません。
そういう時、話しかける側がいきなり「そうじゃないだろう」と言ってしまうと、だいたいはそれ以上「関係」をつくることはできません。
私はこのような少年たちの「関係ない」は、そういうことで外界との壁を作って自分を守っているケースがあるように思います。
非行少年の多くはまず家庭で自分の考えや行動が許されなかった経験を持っているように思います。意外に甘やかされて我がままに育ったというよりも、
ある時期までは厳格な両親のもと、聞き分けの良い子として育ったケースが多いように思います。
ところが知的な能力の問題があったり、落ち着きがなく親の指示をよく聞いていなかったり、親自身も子どもの様子を見ないで指示を出し、時には過大な期待や要求だったりして、
親の言うとおりにできないようです。何とかして親にほめられたいと思っていても、悪循環。
そのため、親から「お前はダメな子だ」とか「どうして一度言ったことができないんだ」と言われ続けてしまうのです。
同じことが生い立ちのなかで繰り返されて、「どうせ自分はダメなんだ」「どうせ悪いのは俺なんだ」という気持ちを強くしていきます。
そのうち、自分と似たような気持ちや境遇にいる仲間にだけ心を開き、それが非行に結びついてしまうのです。
少年を非行から立ち直らせる一つのポイントが、自分に自信がなく壁を作っている少年たちに、自分自身を受け入れさせて、肯定的に考えることができるようにすることだと思います。
「関係ない」という言葉は、実は嫌な思い出を反芻しつつ壁を作ろうとしている少年を理解するキーワードなのかもしれません。
(東京家庭裁判所調査官 横山 勝)
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