フランスでは
婚姻外の子は、自然子(自然法の保護しか受けない子)として蔑まれ、1804年のナポレオン法典では父への認知請求さえ禁止されていました。
1912年以来認知請求の門戸は、少しずつ広げられてきました。1972年の民法大改正により嫡出子と自然子の区別は基本的に廃止されましたが、相続についてはなお差別がありました。
2005年の布告では、親子法が根本的に変革され、嫡出子と自然子という概念そのものがなくなり、すべての子は父母との関係で平等、真実、安定の三原則に基づいて扱われることになりました。
T 平等
子は父母の婚姻関係を問わず、法の適用、任意、司法手続の三段階により親子関係が成立します。
* 法の適用による親子関係の成立
母子関係は、出生登録に母の名を記載することで成立します。父子関係については、なお婚姻制度の影が残っていて、母の夫が子の父と推定されます。
ただし、夫婦が法的に別居している、または出生登録に夫の名が父として記載されず、子が父に対して身分占有を有しない場合には推定は排除されます。
母が離婚後真の父と婚姻した場合は、母は前夫の父性を否認することができます。
* 任意による親子関係の成立−認知と身分占有
任意の認知により、母子関係または父子関係を成立させることができます。
フランスでは、男性が結婚しようとする女性の出産した子と「便宜上」親子関係を成立させるために、伝統的にこの方法を用いられていることから、
この方法により成立した父子関係は虚偽であることが多いと言われています。「女を得るならその子も一緒に」という諺があるくらいです。
親子関係はまた「身分占有」に基づいて成立します。身分占有はフランス法に特有な制度で、子が特定の男性または女性との関係において、
子とみなされ、養育され、その氏を名乗り、子も相手を親とみなし、社会的にも子として扱われている状態をいいます。
ただし、この存否には曖昧さがあり、争いのある場合の手続が規定されています。
* 司法手続による親子関係の成立
出生登録の記載、身分占有のいずれをも欠く場合、子は裁判所に認知を申し立てることができます。
ただし、出産時母が身元を秘匿(母の権利として古くから認められている)した場合にはできません。
婚姻外の父性の訴えに対する障害は、2005年の布告で一掃されました。申し立てられる期間も、従来は出生後2年であったのが10年とされました。
証拠としては生物学的証明のほかあらゆるものが採用されます。
U 真実
* 生物学的真実と親子関係の成立
生物学的真実の証明が可能になったことにより、父の推定や擬制の意味は弱まり、親子関係成立のための申立ては容易になりました。
ただし、生物学的真実の追及は裁判手続において事件担当の裁判官の命令がある場合のみ可能で、私的なDNA鑑定は禁止されています。
しかし、多くの国でDNA鑑定の自由市場が発達しており、司法外で容易に証拠を得られる昨今の状況で、フランス法が生物学的真実のプレッシャーにいつまで耐え得るか疑問です。
* 生物学的真実と親子関係の否認
親子関係の否認は家族の安定のため制限されてきましたが、2005年の布告では、出生登録と身分占有が一致していても、その状態の継続が5年未満の場合否認の申立てを認めることとされました。
つまり限定的ではありますが生物学的真実に基づく否認の道が開かれたのです。たとえば夫が妻の出産した子を父として登録し養育してきたが4年目に夫婦が別居して妻が否認を申し立てた場合、
夫が真の父でないと認められると夫は高々面会交流権を得るに止まります。
* 生物学的真実主張の制限
近親間の親子関係、母が身元秘匿権を行使した場合の母子関係、生殖補助医療に同意した夫と子との父子関係などの場合、個人的および社会的利益を考慮して真実の追及は認められません。
すなわち、母が身元を秘匿すれば子は母子関係の成立ができないし、母の特定ができないので父子関係の成立もできないことになります。
また生殖補助医療に同意した夫は父とみなされ、親子関係を争うことができません。
科学が勝利を収めた分野で科学による真実追及が禁じられるのは矛盾といえますが、家族の安定を真実に優先させていることになります。
V 安定
社会の変化による親子関係の脆弱化に伴い、家族の安定への要請はますます大きくなっています。
生物学的真実といえども長年親子関係を継続し、その間築いてきた親子としての生活と感情を無視して親子関係に疑問を呈することは許されません。
破毀院(最高裁にあたる)は1972年の民法の規定(の反対解釈)に基づき、子の出生後30年間は利害関係人が親子関係を争うことを認めましたが、
これは親子関係に破壊的な影響を及ぼし、家族の安定を揺るがしました。2005年の布告は、この流れに歯止めをかける目的で、親子としての生活実態と生物学的真実との調整を試み、
否認訴訟においては次の3点を考慮することとしています。
@ 出生登録と身分占有が一致する場合、否認を申し立てられるのは子、父、母および真実の親と主張する者に限られる。身分占有の終了後5年を経過した後はできない。
A 出生登録と身分占有が一致し、かつ身分占有が子の出生または認知から5年間継続した後は、なんびとも否認を争うことができない。
B 出生登録と身分占有が一致しない場合、利害関係人は子の出生もしくは認知の後10年間または身分占有の終了後10年間(いずれも子に対する訴えの場合未成年の間進行停止)に限り否認を争うことができる。
以上のように、2005年の布告は、親子関係の安定を図っています。
「便宜上」の親子関係は、もはや簡単には否認できないのです。「女を得るならその子も一緒に、そして一生」といえるでしょう。
W 真実と安定のバランス
フランスではもともと男女関係が比較的自由で、婚姻外異性関係にも寛大なようです。
母が出産に際して身元を隠すことを認めるのは、こうした関係から生まれる子と母を守るための古くからの慣行です。
身分占有の制度も、家族の安定と子の保護を目的に生まれてきたものと思われます。
2005年の布告は、申立て権者および申立ての「時」に制限を設けることにより親子関係の安定を図ろうとしています。
しかし、生物学的真実を知りたい、そしてこれに基づいて行動したいとする人々の思いにいつまで耐えられるでしょうか。
とくに子の側からすれば、真実の親はだれか知りたい(出自を問いたい)という要求があり、匿名出産に反対する動きもあります。
真実の追及と家族の安定への要求は二律背反であり、2005年の布告は両者の調整を図るものですが、そのバランスがいつまで保たれるか今後の動向が注目されます。
ドイツでは
ドイツでは1998年に親族法の大幅な改正が施行されました。その骨子は、嫡出子と非嫡出子の差別を撤廃するとともに父子関係および母子関係を定義したところにあります。
それによると、父とは@子の出生時に母と婚姻していた男性、A子を認知した男性、B裁判所が父性を確認した男性です。
すなわち父母が離婚した後に生まれた子は母の前夫の子と推定されません。母は子を出産した女性とされます。母には身元秘匿権はなく、
子から父はだれか告げよとの要求がしばしばなされています(本誌第13号海外トピックス参照)。婚姻または認知により形成された父性の否認は、
父、母、子のいずれも固有の権利として申立権を認められ、否認できる期間は否認権者が父性を疑わせる事情を知ったときから原則として2年(子については未成年の間進行停止)です。
わが国では
母は子を出産した女性とされています。妻が婚姻中に懐胎した子は夫の子と推定され、婚姻成立の日から200日以後または離婚後300日以内に生まれた子は、
婚姻中に懐胎したと推定されます。推定を受ける子の父子関係を否認(嫡出子否認)するには、夫が子の出生を知った日から1年以内に申し立てなければなりません。
しかし、推定を受けない子(上記の期間内の出生であっても外観上懐胎があり得ない場合のほか、鑑定などで血縁があり得ないとされる場合も含むとする説が有力です)については、
実際上利害関係人はいつでも親子関係の存在を争うことが可能です。
このため長年誰某の子として生きてきた者が相続などの争いで親子関係を否認されてしまい、アイデンティティが根こそぎにされる悲劇がしばしば生じています。
平成18年7月最高裁はこの種の主張は権利の乱用があれば許されないとしました(差戻し審で親子関係不存在確認の訴えの棄却が確定)。
しかし、本来は諸外国同様、立法で正面から申立て権者と申立て期間を限定するべきではないでしょうか。これに限らず、立法府は社会の変動に速やかに対応してほしいものです。
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