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この本が木村博江訳により草思社から刊行されたのは、今から10年前の1997年6月でした。 ショッキングな題名であり、かつ、その9年前の1988年に国中を震撼させた日本の少年の事件が冒頭に紹介されていることにも驚かされました。 原題は、Sole Survivor (ただひとり生き残った者)であり、副題としてCHILDREN WHO MURDERED THEIR FAMILIES(自分の家族を殺した子どもたち)が付けられているとおり、 親だけではなく、家族を抹殺した事例が取り上げられているのですが、訳者は、著者の力点が親殺しにあるという意図を汲んで、標記の題名にしたものと思われます。 著者紹介によれば、エリオット・レイトン(Elliott Leyton)は、カナダのメモリアル大学人類学教授であり、カナダ社会学人類学協会長を務めています。

レイトンが指摘する親殺し・家族殺しに共通する特徴をまとめると、第1に、計画的で残虐な殺し方なのに、 近隣や知人等からは「まさかあの子が‥‥」とか「あの家にかぎって‥‥」という反応を引き起こすこと、第2に、 家庭は裕福で勤勉で教育熱心な上級中流階級(アッパーミドルクラス)で上昇志向のある家庭であること、第3に、犯行後の子どもたちは平静で、 後悔や罪の意識がないかのように振る舞っていること、などです。

刊行後10年経った今、この本を読み返す理由は、レイトンが指摘したような親殺しの事件が、わが国でも立て続けに起こっているので、 なぜ子どもは親を殺すのかについて、あらためて考えてみたいからです。

1 この本の構成

第1章家族を抹殺する 家族殺人のかたち
第2章野心家の億万長者 家族が乗ったワゴン車を爆破
第3章陸軍士官候補生 就寝中の家族を射殺
第4章ビュイック代理店の店員 ライフルで家族6人を射殺
第5章詩が好きだった少女 母親をハンマーで父親を銃で
第6章家族殺人の歴史社会学 家族の歴史をたどる

2 第1章からの引用

「いかなるかたちの殺人も、現代社会ではその絶対数は少ない。」、「子供による肉親殺しは、さらに数がかぎられる。しかしここ数十年のあいだ、 そうした事件は世界じゅうで目立っており、検死報告は中流階級の家庭をむしばむ病巣をあらわにしている」、「しかし肉親を殺す行為そのものは狂気と隣合せであっても、 精神のほうはきわめて正常のようだ。たとえば、1988年7月に東京で14歳の少年が両親と祖母を刺し殺した。ロンドンのオブザーヴァー紙はつぎのように報じた。 『犯罪にいたるまでの計画の周到さ、その殺し方の残虐さ、罪を悔いるようすのない少年の冷酷さよりも、その家庭的な背景が人々に大きな衝撃を与えた。 日本の都市では典型的な、勤勉で教育熱心で裕福な上級中流階級(アッパーミドルクラス)である』」、 (警察での少年の供述)「『母さんはえらくならなきゃだめよと口やかましく言いました。父さんはぜんぜん家にいませんでした。 ぼくのことなどなにもわかっていないくせに、母さんの言うことだけを信じて、ぼくを叱ったんです。父さんはすごく横暴でした。 父さんをしまつするには、包丁を使うしかなかった』、『お祖母さんだけはぼくをかわいがってくれました』」、「殺人にいたる経過は、型通りのものである。 業績順調な建材会社の社長であった父親44歳と、母親40歳のひとりっ子であった少年は、名門受験校に入学した。 3科目で落第点をとったとき、当然のように母親は彼の小遣いを差し止めた。そのとき―事件の3ヶ月前だが―彼は級友たちに両親を殺すつもりだと話している。 友人たちは冗談と受けとったが、彼はそのひとりに殺しを手伝ったら2万円やると言った。事件当夜、両親はテストの点が悪いことで彼を叱った。 彼は腹痛に悩まされて朝の3時半まで眠れず、両親の寝室に行って薬がほしいと言った。母親はうるさそうに、もどって寝なさいとはねつけた。1時間後、 彼はふたたび両親の寝室に行き、母親の頭を野球のバットで殴ったあと、父親の胸を包丁で37回つき刺した。母親が助けを呼ぼうと電話のほうににじり寄るのを見て、 72回刺した。『なんてことするの』と祖母が叫び声をあげたので彼はそちらに急ぎ、愛する祖母を56回刺し、その首を絞めた。 殺人のあとの平静さは、こうした家族殺しでは顕著な特徴だが、少年もその後、髪を洗い、好きな歌手、南野陽子のビデオを見た。 そして家にあった金をすべてかき集め、家の前に停めてあった父の車の座席にすわって友人たちに電話をかけ、殺したと話した。 友人のなかに信じようとしない者がいたので、彼は死体を見せた。そのひとりが教師に話し、教師は警察に通報した」

レイトンは、この事件を親殺し・家族殺しの典型的な事例と考えている節があります。 また、レイトンは、この事件について、日本の新聞は思いやりを示し、少年も両親も、仕事第一で家庭をかえりみない父親を生んだ日本社会の犠牲者だとか、 有名校への熾烈な受験体制の犠牲者だとか指摘していることを紹介しながらも、殺人という手段で親に反逆する少年がいる一方で、 大勢の子どもたちは同じような状況を乗り切っていることを指摘します。

レイトンは、家族殺人については「統計データが乏しく分析はむずかしいが、少なくとも何十かの事件にかんする資料を調べたかぎりでは、 家族殺人は野心的で裕福でもある家庭に起こりがちなようだ。じつのところ、殺人者の生まれた階級によって、彼ないし彼女が殺害を考えそうな対象はほぼ正確に予測がつく。 当人が労働者階級であれば、彼はたとえば強盗に入るなどして、自分の家族以外の一家を殺害するだろう。 しかし彼が中流以上の階級であれば、おそらく自分自身の家族を殺害するだろう」と述べています。

3 第6章からの引用

「抑圧的な家族のなかで育った子供は、有無を言わせぬ両親の期待に全面降伏を強いられる。こうした子供は自分に期待されることだけを表面に出すような成長の仕方をする。 彼は自分の真の自己を識別し育てあげることができない。本来の自己を生きることができないからである」、こうした環境の中では、「子供は両親の野望を実現する道具となり、 ときには両親のすべてになる。 (中略)そして子供の自主性は、両親の野望の陰に埋没させられる。 現代の家族にひそむ緊張の多くは、人間性を喪失させられる彼らの使命に起因している」、「それにしても、なぜ家族全員を殺すのだろうか。 多くの場合、殺人者の憎しみは家族の一人ないし二人に集中しており、全員にむけられるわけではない。(中略)自分が愛していた家族まで殺す場合もある。 きわめて不可解に見えるが、(中略)自分以外の家族全員が支配的な親と同盟を結んでいるように見える。全員が抑圧ゲームに加担していると思えてくるのだ」

4 親殺しのメカニズム

両親と祖母を包丁で数十回も突き刺して殺したり、家族が乗ったワゴン車を爆破したり、母親をハンマーで撲殺し父親を銃殺したり、 これら親殺し・家族殺しの犯行の残忍さは尋常なものではない。また、殺人を犯した後、好きな歌手のビデオを見たり、死体をまたいでキッチンへ行き、 フライドチキンを食べたり、瀕死の姉の姿を冷然と眺めていたりなど、ゾッとするほど冷静で、後悔や罪の意識を見せない。 これらのことから精神障害を疑われることが多いが、レイトンは、殺人者となった子どもたちには妄想や幻覚、思考や感情の乱れなどはあまり見られないといい、 殺人行為の残忍さや犯行後の行動の異常さから彼らを精神障害者とする判断には異議を唱えています。

レイトンは、親殺しが起こるメカニズムとして、アッパーミドルクラスで上昇志向の強い親が、自分の欲求を達成しようとして、子どもの主体性を無視して利用するため、 その支配から逃れられないところまで追い詰められた子どもが、主体性を取り戻すには親を抹殺するしかないと考えるからだとしています。

このメカニズムは、本書が出版される1年以上も前、「ふぁみりお」第15号の「変身する子どもたち」の中で解説した、おとなしい子がキレてしまうメカニズムとほぼ同じです。 ただ、そこではキーワードとして主体性ではなく自尊心を用いていますが、その理由は、主体性の抑圧よりも自尊心の傷つきの方が、憎しみや攻撃性をより強く引き起こすからです。

そこで、レイトンのいう主体性を自尊心に置き換えて、親殺しの起こるメカニズム(DV,アルコール依存症等の親を殺す場合を除く)を説明すると次のようになります。

「上昇志向の強い親は、自らの社会的欲求実現のために、子どもを利用しようとする。 全てはおまえのためだという口実のもとに、有無を言わせず親の期待に服従させる。 期待に添おうとする子どもの努力を評価するどころか努力の足りなさをなじり、失敗したときにサポートするどころか小遣いを止めたり、ゲームを取り上げたりなどの罰を与え、 常に子どもの劣等感をあおり、自尊心を傷つけ続ける。自尊心が傷つけられると、憎しみと攻撃性が生じ、それが高じると傷つけた相手を抹殺しないかぎり回復できなくなる。 その限界に達したとき、子どもは、自尊心を傷つけ続けた親を深い憎しみを込めた残忍な方法で抹殺する。親に加担したと考える他の肉親も殺してしまう。 殺人者となった子どもは、初めて勝者(Sole Survivor)としての優越感で自尊心を回復し、もはやこれ以上傷つけられることはないのだという安心感と平静さを得ることができる」

レイトンのいう親殺しのメカニズムは、昔の親子関係でも生じえたものです。実際に、レイトンは、本書の第5章で1958年の事件を紹介しており、 また、日本での親殺しの系譜をたどっても、このメカニズムによるものがたくさんあることが分かります。

ほとんどの親には上昇志向があり、わが子を少しでもよい学校に行かせ、よい仕事に就かせようとして、大なり小なり子どもを叱咤激励するものです。 それでも子どもに殺されないためには、先述の親殺しのメカニズムに陥らないように、子どもの選択肢を奪わず、子どもの努力を褒め、 子どもが失敗して傷ついていたらケアしてやり、子どもの劣等感をあおらず、自尊心を大事にしながら激励しサポートすることです。



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