1.制度と実情
アメリカではおよそ半数の子どもたちが、ひとりの親との生活を経験しているといわれています。
そうした生活は、子どもの心身の発達、福祉、環境に深刻な問題を生じさせる可能性があります。
特に母親との生活では生活困窮の危険性が高く、'98年人口統計で38,7%が貧困ラインを下回っています。無責任な父親ばかりなのでしょうか。
養育費を支払わない父親の43%は支払える経済力がありながら支払わないという一方で、支払わない父親は、支払っている父親に比べると約2分の1の収入しかなく、
支払わない父親の40%の平均年収が6,500ドル(1ドル=115円として約75万円)以下です。
260万人の別居する父親(全ての別居する父親の23%)が貧困ライン以下で、そのほとんどが前科や低学歴、英語力不足、住居不定、電話や車もない、病気がち等、
就労を妨げる問題を抱えています。それに比較すると、支払っている父親はほぼ全員が貧困ラインを上回り、安定した雇用についています。
こうして見ると裁判所により養育費支払い命令が出されても、支払えない低所得の父親が多いのです。
従来の養育費支払い制度を'96年の改正で大きく変えた目的のひとつは、貧困から抜け出すという自覚を持たせるように支えることで、国の支援への依存を減らすことです。
AFDC(要保護児のいる家庭への援助)を廃止し、TANF(要保護家庭への一時的援助)を新設しました。
これにより各州は国のTANFと連動するために、強制的養育費徴収制度を運営しなくてはならず、まず誰が扶養義務を負うかの確認、義務者の所在確認、
養育費を徴収して基金に収めることを要求されています。そのため、養育費支払い命令台帳の管理、支払い状況の監視をしなくてはなりません。
雇用主は新しく採用した労働者を州に報告し、支払い義務者の給与から養育費を天引きするよう義務づけられています。
支払いを逃れて他州へ移動するのを防ぎます。さらに全州が自動車登録、税金、失業、その他法的強制が及ぶ記録を共有し、州相互で未払いの義務者を追跡できます。
また、社会保険庁、国税庁、国防省、国立個人記録センター等の記録による追跡も可能です。
支払わない義務者には、運転免許等の取消し、資産差押え、徴税還付金からの差引き、失業手当停止、信用調査機関への通告、パスポート発効拒否等のペナルティが課せられ、
それでも支払わければ収監されます。
こうした厳しい制度はかえって新たな問題を引起します。多額の負債を抱え養育費も滞納している父親は、非合法の就労先を探すので、
ささやかながら非公式の金銭援助や精神的な援助をしている場合、それらを放棄して所在をくらましてしまうかもしれません。
また、新しい制度では、父親が支払った額のうち、いくらを子どもたちに届けるかは州が決定します。父親が支払った金額がそのまま母親に届くとは限りません。
支払った分だけの恩恵を自分の子どもが受けないとわかれば支払う意欲をなくしてしまいます。
さらに問題なのは、父親の正確な収入を基礎にして算定されておらず、収入の変動も反映されていないことです。多くの州は、
父親が常勤で働いていると想定して最低支払額を算定していますが、現実には安定した雇用についていないことのほうが多いのです。
こうした状況で、親同士が合意をして、義務者の所在を明かさずに内々の援助をするということも起こりがちです。法律婚でないカップルの場合、
父親として認知しない代わりに非公式の援助をすることで合意し、父親はこの制度からの養育費支払いを免れ、
母親は国の援助費と父親からの非公式の援助との両方を手にすることもできるのです。
低収入の父親から養育費を支払わせるには、就労支援や生活指導が不可欠で、養育費の算定法の変更や、直接母子のもとに届けるシステムへの変更が急務です。
2.PRWORAの影響
子どもの成長に金銭的援助は必要ですが、父親の存在そのものも重要です。両親の離婚により父親との接触がない子どもが思春期を迎えてから、
学校での問題、精神面の不安定、薬物依存、若年時の性交渉、10代での妊娠といった問題を生じているケースが少なくないと指摘する研究もあります。
PRWORAで支払う養育費の使われ方を見届けたい父親が子どもに会いに行く、良い父親としての自己イメージをさらに満足させたくて子どもに会う、
母親も父子の面会を認めるという可能性は高まるでしょう。
一般的な調査によれば、養育費の支払いと面会交流(面接交渉)との間にはプラスの相関関係が見られますが、養育費支払いがそのまま面会交流につながるのか、
それ以外の要素、例えばもともと子への愛着がある父親が養育費を支払い面会もするということなのか、本当のところはわかりません。
それでも養育費が面会交流を促す可能性があり、母にとっては父への養育費請求の時間に追われることもなくなることから考えると、この制度が単に経済効果以外にも有益ではあります。
しかし一方で、養育費の支払いが親子の交流を困難にする場合もあります。支払いのために働く時間を増やす、
子どもと過ごすための費用がかかるとの理由で子どもと会わなくなってしまうことなどです。
しかも、この制度が両親間に紛争をもたらすこともありますから、子どもの成長に悪影響をもたらさないよう、調整の策も必要です。
PRWORAは父子の面会交流を向上させるためのプログラムの開発にも予算を計上しているのですが、プログラムの利用が任意のものなのであまり活用されず、
父子の面会交流にあまり重点をおいていないことこそ、このシステムの最大の弱点と批判されています。養育費の支援を国として制度化しながら、
面会交流や監護の問題が州単位でしか制度化されていないのでは、母親の権利ばかりを擁護して、父親の権利を軽視しているという批判を免れません。
国家として、養育費支払い制度とともに、面会交流命令の制度化や、父子の交流を充実させる制度を整えるべきだといわれています。
3.父親参加のプログラムと面会交流プログラム
多くの州で共同監護法も採用されていますが、父親たちは子どもとのかかわりを求めながらなかなか実現されておらず、父親と別居する子どもたちの3分の1から2分の1が、
その前年に一度も父と会っていないという調査があります。そのひとつの要因が、同居親が頑なに拒否したり、面会交流の調整に非協力であったり、
子どもに面会交流を促さないという問題です。子どもの人権についての国の評議委員会は、こうした同居親による面会交流の妨害は離婚したケースの37%で生じているとしています。
父親と子どもとの交流は、父母の関係次第で、子どもの養育に関しての話し合いがうまくいっていないケースほど少ないといわれています。
別居する父に対して、母が過剰な敵意を持たずに話し合いに応じれば、父子も深いかかわり合いができるとの調査結果があります。
したがって、親同士の葛藤の解決と、コミュニケーションのスキルを教えることに焦点をおいて、父親のかかわりあいを改善するプログラムが必要になります。
PRWORAとの関係の如何にかかわらず、いくつかのプログラムが上記の目的で開発されてきました。
そのうちのひとつ、ミディエーションは、家族のニーズに合わせ、子どもの福祉に適合する離婚後の環境を模索するものです。
ミディエーターは面会交流や養育費支払いも感情的側面をはらんでいることを意識することが重要です。
子どもを所有したい、相手に復讐したいという欲望を反映した行動や態度をチェックして、治癒的問題解決へとつなげるのです。
両親間のコミュニケーションや問題解決能力を養い、葛藤を減らし、離婚後の子どもについて両親ともに責任があることを自覚し、妥協と合意こそ最善の解決策と気づく環境に導きます。
ペアレンティングプランとは、離婚後の紛争を未然に防ぐ方法のひとつとして、監護協定を子どもの具体的問題について綿密に作成したものです。
子どもの生活における日常的役割や、毎日のケア、教育、健康管理、余暇や宗教的活動等、離婚後に発生する変化を想定してどのように対処するかに合意して作成します。
面会交流プログラムとして、上記にカウンセリングや監督つき面会交流等を加えて実施している州があります。
しかしその効果についての調査によると、別れたばかりのカップルには有効でしたが、長期間紛争が続き、深刻な状態にあった父母の場合、あまり著しい効果が得られませんでした。
面会交流の事案はその問題だけ切り離して解決できるわけではありません。父母の関係の破綻にさかのぼる、
長期間継続した敵愾心から発生する、それぞれの親の言い分と複雑にからみあった難しい問題です。
しかしながら、そのプログラムに参加することで、養育費支払い命令を遵守する率は高まりました。少なくとも何回か面会交流を行った父親たちは70%が義務を履行したのに対し、
面会交流できなかった父親たちは45%しか履行しなかったという結果が出ています。
したがって、面会交流プログラムについては今後も研究と開発が必要であり、養育費支払いの実効性を上げるためにも、有益と考えられています。
4.わが国の場合
日本の養育費は支払う側と受ける側の実情に合わせて算定されますし、直接子どもを養育する親に支払われますが、強制力という点では、強制執行も可能というだけで、
アメリカには及びません。将来的には義務者の所在調査や経済力についての調査が、プライバシーや職場環境にダメージを与えない範囲で行われることができれば理想的です。
低所得の義務者への就労支援、離婚後、働く気力を失った者や多重債務者への生活指導、支払った者には、扶養控除のような税制上の優遇措置も考えてほしいものですし、
面会交流の法整備上の検討は待望されているといってよいでしょう。
|