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1 悲鳴のような養育費相談

「元夫から、会社をリストラされたので養育費が支払えなくなったという連絡がありました。子どもはこの4月から中学生になり学費も増えました。 どうしたらいいのでしょうか」 昨年秋ごろから、このような悲鳴にも似た相談電話が急に増えてきました。養育費減額についての相談件数は平成20年4月から9月までの上半期には40件だったのが、 10月から同21年3月までの下半期は102件と2.6倍に増えました。

昨年秋からの急速な経済不況は、母子家庭等の家計を直撃しています。いまや、ワーク・ライフ・バランスなどと言っていられるような状況ではなく、 ダブルワークやトリプルワークで一日中働かなければ子育てができない家庭が増えていると指摘する声もあります。

養育費相談支援センターに寄せられる「相談件数」も平成21年になってから急に増加し、4月には1日平均17件と前年度平均の11件を大幅に上回り、 1日20件を超す日もありました。相談者は母親たちからだけではなく、父親たちからの相談も増えています。経済状況の悪化は世界的な規模で起きているものであり、 国家的な政策や国際的な協調による経済対策に待つほかありませんが、不況、不景気であればあるほど、歯を食いしばって送金してくれる親の存在が光を放ちます。

少し古いデータですが平成18年の厚労省の調査によれば、離婚時に養育費の取決めをした夫婦は離婚母子家庭の約4割(38.8%)となっており、 現在も受け取っている家庭が約2割(19.0%)、過去に受け取ったことがある家庭が16.0%となっています。 近年、養育費に関する意識はある程度向上したことが推測されるものの、この未曾有の経済不況のもとでどのような数字になっているか気がかりです。

2 離婚する前にきちんと取決めを

このような状況の中で、既に離婚した夫婦からだけではなく、これから離婚を考えている夫婦からの相談も多く、相談全体の33%を占めています。

養育費は子どもが健康な社会人に成長するために欠かすことのできない生活費や教育費などです。 お父さんお母さんにとっては、やむを得ないお互いの事情によって別れることになっても、親子の絆は切れることがありません。 そして、どんなに苦しい時でも、お父さん(又はお母さん)は私たちのことを思ってくれている、という事実が子どもの成長にどれほど大きな役割を果たすか計り知れません。

これから離婚しようとする夫婦は、ともすればお互いの心のわだかまりにとらわれがちですが、離婚した後の子どもたちの成長ということに目を向けると、 これからの自分たちの生活設計を考える上でもそれが極めて大切なことであることに気がつきます。

日本の協議離婚制度はどちらが子どもの親権者になるかということさえ合意できれば簡単に認められる仕組みになっています。 しかし、離婚した後の養育費や子どものとの面会のあり方については、離婚する前によく話し合い、子どもたちの現在と将来に対する責任という観点から、 きちんと取決めをしておくことが何より必要です。このため、多くの国では子どものいる夫婦に対しては, 養育費や面会交流に関するきちんとした計画がなければ離婚できなかったり、また、その約束が守られなかった場合には厳しくその責任が問われる制度が採られています。

昨年(2008年)、民法の改正が行われた韓国では、子のある夫婦については離婚の意思を届け出てから3カ月の熟慮期間を置くことや、 離婚に関するガイダンスを受けることが義務付けられ、さらに親権者、養育者、養育費、面会交流の可否及びその方法についての合意書を提出することが義務付けられるなど 子の福祉を中心とした制度改革が行われました。

日本には熟慮期間のような制度はありません。しかし、親が離婚する子の現在の心身の状態や離婚後の健康な成長の確保ということに視点を置いて、 お互いによく話し合おうとする夫婦は確実に増えています。 そして、今後、このような話合いを更に増やしていくためには、子どもの心身についての専門知識を持った経験豊かな援助者の手助けが望まれるところです。 協議離婚が9割に上る日本の離婚事情においては、客観的な第三者の適切な助言があれば、自分たちで主体的に子どものことや離婚後の生活設計などを考えることができ、 その結果、後に残るわだかまりをできるだけ少なくして離婚することができる夫婦も決して少なくないのではないでしょうか。

3 養育費相談支援と面会交流援助は車の両輪

養育費の取決めと、離婚後の親子の面会交流の取決めは決して交換条件にできるものではありません。 子どもと会わせなければ養育費を支払わないとか、養育費を支払うまでは決して会わせないなどといったやりとりがよく見受けられますが、 これらはどちらも子どもを置き去りにした、親同士の文字どおりの「交渉」(取引き)にほかなりません。

子どもの状態によっては、そっと見守っておくことが望ましい場合もありますが、 子どもの情緒的反応に一喜一憂せずに根気強く面会を続けるうちに円滑な交流ができるようになることもあります。 子どもは現に監護している親が思う以上に、別れて暮らす親のことを思い、人格形成に大きい影響を及ぼすほどの強いイメージを育てるものです。

このような子どもの心の成長過程という観点から見ると、「養育費」は単なる「お金」ではなく、「お金」に託して届けられる、 別れて暮らしている側の親の「思いや気遣い」であることに気づかされます。 したがって、同居している側の親は「養育費」を通じて子どもたちの心の中にある「父親(または母親)」のよいイメージを育てることに努力することが求められているといえましょう。

はっきりした統計データはありませんが、実務的な経験からは、面会交流が実現できている親子の養育費の支払率は相当に高いことが指摘されています。 このことからも、養育費は、別れて暮らしている側の親が、子どもの健康な成長を具体的に見守ることからくる安心感や喜びを、 子どもを育ててくれている親へ伝えるものであるということができます。

養育費と子どもと面会することとは交換条件ではなく、お互いに補い合い支え合う「車の両輪」として、 どちらも欠かすことができないものという認識を共有することが必要ではないでしょうか。

4 過去の清算から新しい人間関係の創造へ

平成20年9月10日に高知市で開催された全国の母子自立支援員を対象とする養育費相談に関する研修会の特別講演で、片山登志子弁護士は「離婚は過去の清算ではなく、 新しい人間関係の創造である」というメッセージを熱く語りました。

離婚は人生の一つのステージの幕引きですが、同時に別れて暮らす子どもたちとの親子の絆を確かめ、子どもの成長に欠かすことのできない新しい親子関係をつくる出発点でもあります。 また、離婚した夫婦にとっても、自分たちに恵まれた子どもの親同士として協働する新しいパートナーシップをつくっていく出発点でもあります。 もちろん、夫婦にとっていろいろな葛藤を乗り越え、心身の傷つきを癒していく時期に、同時に親としてこの作業をやっていくことは相当の心的エネルギーが必要になるでしょう。 これまでの敵意や憎しみを乗り越えて、これからの人生をどのようにつくっていくのか、 また子どもたちはこれからどのような条件の下で豊かな社会性を獲得していくのかということに視点を変えていくためには、 夫婦のそれぞれに自分たちを暖かく見守っててくれる環境があることが必要です。 少し離れた立場で公平に客観的に見て、話をじっくり聞いてくれる存在が周囲にあれば、多くの夫婦が、 早い段階で新しい自分の人生を踏み出すことができるようになるのではないかと思われます。

特に、元夫婦の問題から離れて、子どもの幸せということに目を向けることは、頭では分かっていてもなかなかできることではありません。 養育費も面会交流も多くの場合夫婦の争いの代理戦争として争われることが少なくありません。

離婚した後に、子どもの最善の利益をどのようにつくっていくか、ということは子のある夫婦の大きな責任であるだけでなく、子どもを取り巻くすべての人々の責任であるといえましょう。

親が離婚した子どもたちの健康で明るい未来のために、離婚後の元夫婦が、父親として、母親として子どもたちやお互いの絆を新しく創っていくことが何より大切な課題です。

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