1 共同親権
子の親権の帰属が決まらないと離婚できないという事態を避けるために、そして親が離婚しても父母各々が子に責任をもつために、
欧米では夫婦が離婚しても共同親権(監護権)をもつことが普通になっています。しかし、共同親権といっても子をピンポン玉のようにやり取りするわけにはいかず、
両親が全く同じように子に関わることは事実上不可能であることが分かってきて、
子はどちらかの親を主たる監護親として他方の親と定期的に面会交流することが次善の策と考えられるようになりました(本誌第44号参照)。
2 面会交流
別れて暮らしている親と子が関わりを保っていくのは子の権利である、親の権利でもある、権利ではなく利益である、などなど面会交流を巡ってはいろいろな説がありますが、
定期的に面会交流の機会を持つことは子の健全な成長のために、そして親にとってもよいことであるということは一般的に認められています。
しかし、現実には子自身や監護している親の負担になることもあり一筋縄ではいきません。
子や監護親の負担をかえりみず、自分の都合で勝手なときに面会を要求する別居親もあります。そうでなくても日常なじみのない別居親に会うためには、
子はかなり緊張を強いられ面会の前後に心身の不調が生じることがあります。監護親は、別居親が面会の機会に子を連れ去ることを心配して頑なに面会を拒否することもあります。
子が幼い場合の面会には監護親の協力が要りますし、子が成長してくると子自身の意思や学校、塾などの都合を無視することはできません。
だから調停や審判で面会交流の条項を設けても、そのとおり実行するのが難しいこともあります。
FPICではこうしたケースでも面会が実現するよう援助を行っていますが(第37,38,39号参照)、困難なこともあるのが実情です。
リロケーション
別居親が子と面会できることが決められていても、監護親が子を連れて遠くに引っ越すと別居親が子と交流することは困難になります。
まして外国に行ってしまえば尚更です。この問題は諸外国ではつとにリロケーションといって問題にされてきて、
多くの国では引っ越す場合にはあらかじめ裁判所の許可を得なければならないとされるようになってきています。
これをしないで引っ越すと罰を科される場合もあります(第39号参照)。
わが国ではこうした事態に対する規制がなく、監護親が子を連れて遠くに引っ越したら別居親は実際上面会交流を諦めることが多いのが実情のようです。
子の奪取と取戻し
国外への連れ去り問題に対処するために、1980年「国際的な子の奪取の民事面に関するハーグ条約」が採択されました。
これは一方の親に連れ去られた子の迅速な返還や面会交流権の保護のための手続を整備するよう加盟国に求めることを主旨としていて、約80か国が加盟しています。
日本もこの条約に署名しましたが、国内法制や民事不介入原則との兼ね合いも含め検討が必要ということで未だに批准していません。
このため諸外国では、子を連れて日本に逃げられたら終わりだという苛立ちが増大しています。
2009年3月、カナダ大使館で「子どもと家族法;カナダの視点・国際的視点」という勉強会が開催され、日本の法律家や家事調停委員等を集めて駐日カナダ大使、
カナダの裁判官、弁護士などが講演を行いましたが、これは上記の苛立ちを端的に表すものです。
子の最善の利益
親権・監護権の帰属や面会交流など子に関わる事件については子の福祉を最優先に考えるべきこと、すなわち子の最善の利益を守るべきであることには異論がありません。
そのためにはまず子の意思を尊重すべきで、子の声を聞くことが必要です。第46号でも論じましたが、先進国の多くは父母の争いに巻き込まれる恐れのある子については、
その独自の立場を守るために子自身の代理人を選任すべきことを規定しています。米国では州ごとに法律が異なっているので、
弁護士を中心とした米国法曹協会ではこうした場合に備えて子の代理人を選任すべきであるという基準を設けていますが、さらに2003年に、
子の代理人が子の表明された意思によれば危険にさらされると判断した場合には「最善の利益代理人」(best interest attorney)の選任を求めなければならないという基準を追加しました。
しかし、「最善の利益代理人」の選任を規定するだけでは足りないという次のような批判もあります。
子の声を聞くとは
子は大人から見ると明らかに本人にとって不利な選択を口にすることがあります。たとえば、ときには暴力を振るう親のもとにいたいと言うことがあります。
これは大人から見ると危険な選択であるように見えるけれども、ときに暴力を振るうとしても本当にその子を愛しているのはその親であって、
子は本能的にこれが分かっていてその親のもとにいたいのかもしれません。大人、とくに法律家は理性的に考えるように習慣づけられていて、
こうした心の機微を理解する訓練を受けていないので、子を守ってやりたい気持ちに駆られ、子の言とは逆の意見を出したくなります。
あるいは子は残される親やきょうだいのことを慮って本心とは逆のことを言うかもしれず、また、気持ちが絶えず揺れ動き言うことがときによって変わり一貫しないかもしれません。
代理人の役目は子に代わって決めることではなく、子の言うことを傾聴し、子が安心して話せるようになるまで信頼感を育て、
自分自身で納得して決めることができるよう援助することにあります。このことを明記しない米国法曹協会の規定は十分ではないということです。
わが国では
わが国では子の親権者・監護者指定の審判においては 15歳以上の子の意見を聞くべしとする規定(家事審判規則第54条)がありますが、
15歳未満の子であってもその意思は尊重されるべきであるとされ、実務上もそのように運用されています。平成16年に施行された人事訴訟法では、
離婚訴訟で裁判するときには15歳以上の子の親権者・監護者の指定について子の陳述を聴かなければならないとされています(第32条)。
これは自分の問題に関する限り子に当事者性を認めたものですが、年齢による差別があります。
子の意見を聞き、子に関する事実の調査を行うのは実際上家庭裁判所調査官が当たることが多いでしょうが、裁判官が調査命令を出すとは限らず、制度上の保障はありません。
子独自の代理人という制度のないわが国では、調査官に子の最善の利益を図るための一種の後見人としての役割が期待されている面があります。
しかし、調査官は子の立場からその利益・権利主張を担うものではなく、子の代理人とは異質であり、かつ、
多忙を極める調査官が今の人員で子の声をじっくり聞く余裕があるかどうかも心配です。子の利益・権利を守るには、
やはり諸外国のように父母からも裁判所からも独立して子自身の利益を守る立場の代理人の制度を設ける必要があるという説が有力です。
しかし、法律家が子の代理人になった場合、本当に子の声を聞くことができるかという前項に挙げた問題があります。
子の抱える問題に応じて、法律家かカウンセラーや臨床心理士など心理関係の専門家に依頼するか又は両者を選任すべきかを考える必要があるでしょう。
速やかな立法と充実した行政を
子は刻々と成長するので、とりわけ子のことについては素早い対応が必要です。わが国で親子の面会交流の立法の必要性が叫ばれるようになったのは遥か以前のことですが、
未だに実現の目処はついていません。子の代理人制度についても速やかな立法措置が望まれます。
面会交流についてFPICは援助活動をしています。諸外国でも民間の団体が同様の活動を行い国は手厚く財政支援をしているようですが、
わが国では公的な支援は全くないので必要なコストは親の負担とせざるをえない状況です。子の独自の立場に立つ代理人の制度ができるとすれば、
やはりその費用の負担が問題になるでしょう。費用負担に耐えない親も制度を利用できるよう国の支援が望まれます。
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