私は,かつて家事審判官として離婚調停にかかわり,その後公証人となって400通を超える協議離婚公正証書を作成しています。その経験からお話しします。
第1 離婚合意の場としての「家裁」、「公証役場」、「FPICのADR」
公証役場を訪れる人たちは,一様に,「裁判所に行かなくとも二人で合意(解決)できる」と言います。先日は,「離婚調停中だけど,二人の間に合意ができたので,
もう裁判所へ行く必要はないでしょう? 公正証書を作ってください」と頼まれました。
どうも離婚当事者は裁判所を避けたがる傾向があり,調停に時間がかかるのも難点のようです。一方,公証役場が利用されるのは,公正証書に,
@証明力(国の機関である公証人が作成する公文書であり,離婚の合意内容は公正証書により直ちに証明され,公正証書が正しく作られたものでないと証明しない限り,
その内容を否定できない),A執行力(金銭の支払いに関わる公正証書は,執行認諾条項を入れることにより,強制執行ができる),B安全性(公証人が作成するので,
法律問題をクリアし,その原本は公証役場で保管され,書面の再発行も受けられる)があるからです。
離婚の合意内容を公正証書にすれば,家裁の調停(成立)調書と同様のものになるので,公証役場の利用が増え,最近は合意が不十分なまま訪れる有様です。
公正証書の作成は,当事者の合意が形成されたことを前提としており、公証人は,合意内容に問題があったり,実現性に疑問があれば説諭的に教示しますが,
それを越えて当事者間の調整はできません。FPICが離婚協議等調停事業を始めたのは朗報です。調停人は,元家裁調査官や現・元家裁調停委員らベテランぞろい。
FPIC内には,元最高裁家庭局長を筆頭とする弁護士もいます。私は,これまで問題を感じれば家裁の調停を勧めたり,FPICで相談することをアドバイスしてきましたが,
これからは家裁に行きたがらない人たちをFPICの離婚調停に振り向けられます。本研修は,FPICの担当者のスキルアップを図ったものであり,私なりに助力したいと思います。
第2 協議離婚に際して取り決めるべき事項
協議離婚に際しては,@協議離婚すること,A親権者の指定,B養育費,C子との面接交渉(面会交流),D財産分与,E慰謝料,F年金分割,
G夫婦間や片方の親などから借りている債務の処理,H清算条項などが検討事項です(本誌第40号参照)。
[離婚の合意と届出]
公正証書には,離婚の合意に加え「その届出は〇〇において速やかにこれを行うことを合意し」と記載し,届出がなされなかったり,
あるいは意思に反して届出がなされたという争いが起きないよう工夫しています。なお,離婚の合意や認知などの身分行為は,代理になじまないので,
代理人が出頭する場合は,離婚等の合意部分を公正証書の合意条項から外します。
[親権者の指定]
親権を手放そうとしない親に対して,社会生活を営む上では親権と監護権が一致することが望ましい旨説明しますが,双方が合意すれば,それに従います。
[養育費]
当事者の合意内容には,@養育費の高額化,A養育費の終期,B再婚と養育費の打切り,C面接交渉の妨害と養育費の支払停止,あるいいは支払済みの慰謝料の返還,
D養育費の一括払いなどの問題があります。
@養育費は,家裁で使用する「養育費等に関する簡易な算定表」の参照を勧め,高額すぎる場合には注意を促しますが,その養育費を支払うと言う以上,それを記載します。
A養育費の支払始期は,通常,離婚合意の成立した月,あるいはその翌月と定めるのが一般的です。支払終期は,
「親権の終了する時期である子の成年に達した時までに限られる」とする高裁判例がありますが,大学に進学・卒業することが特別なことではないので,
大学卒業まで養育費を支払うとの合意を尊重します。なお,「大学卒業まで」とすると,浪人・留年などした場合に紛議が生じるので,
「満22歳に達した年又は翌年の3月」等と特定することを勧めます。しかし,大学院に行くケースなどを考えて,「最終学校を修了する時まで」という終期を選ぶ人たちも少なくありません。
その場合,強制執行の段階で支払時期の不明確さが問題となります。
B子が妻の再婚相手と養子縁組をしない限り,前夫には第一次的扶養義務があり,基本的には前夫と妻の年収だけで養育費の額を算定するので、再婚即養育費打切りは好ましくありません。
事情変更による協議条項の活用を勧めます。
C面接交渉の妨害は,不法行為として妻に損害賠償義務が生じることがあり得ます。しかし,面接交渉を妨害した場合には養育費の支払いを停止するとか,
支払済みの慰謝料を返還させる,というのは,面接交渉の実施を金銭面と交換条件にするので妥当ではありません。D養育費は子の生活保持のために支給するので,
定期的な支給になじみ,将来事情の変更があり得ることを考えれば,養育費の一括払いは望ましくないでしょう。
[面接交渉]
離婚により子が受ける影響をできるだけ少なくし,また,養育費支払いの動機付けのためにも,当事者を説得して,面接交渉条項を入れるようにしています。
[財産分与]
協議離婚の相手方に対して有する財産分与請求権(民法§768@)には,@婚姻中に形成・維持された実質的な共同財産の清算の要素,A離婚によって自活できない一方の当事者に対して,
経済力のある他方が,扶養する趣旨の扶養的要素,B有責行為により離婚のやむなきに至らしめた当事者の,他方に対する不法行為による損害賠償として慰謝料的要素があります。
そのほか,過去の婚姻費用(生活費)の清算を含めることもできます。住宅ローン付自宅の財産分与の場合,自己の都合のみで取り決める傾向があり,
登記の移転時期や債務者の変更の可否等をローン会社と相談することが望まれます。
[慰謝料]
慰謝料には,@離婚に伴う慰謝料と,A不貞行為や暴力など離婚原因に該当する個々の行為それ自体についての慰謝料とがあります。
なお,生活支援費ではないかと思われる長期にわたる慰謝料の分割払いの合意も気になります。
[年金分割]
年金分割に財産分与的性質があるとはいえ,別個の制度なので,財産分与の中に年金分割を含めたり,年金分割の中に財産分与を含めたりすることはできません。
第3 現実の合意事項
私が担当した最近の100通の離婚公正証書を見ると,合意事項は,@養育費 76通,A財産分与 42通,B慰謝料 37通,C年金分割 22通,D借入金 11通,E解決金 4通などであり,
養育費ばかりか,財産分与や慰謝料の確実な支払いを求めて公正証書にしています。
第4 養育費と強制執行
法改正により,扶養義務等にかかる定期金債権が不履行になると,期限が未到来の分も強制執行ができるほか,差押禁止債権の範囲も2分の1に減縮され、強制執行がしやすくなりました。
しかし,強制執行できるには,支払金額及び支払時期の特定が必要です。「養育費及び生活費補助」と表現すると,「生活費補助」が妻の離婚後の生活費を示すと解釈され,
養育費の額が曖昧となって,特例の適用が受けられません。一括払いの養育費は,合意時点では本来の法律関係が成立しておらず,請求権の基礎の確定及び請求金額の一定性を欠き,
債務名義として無効であると解されています。強制執行するには,申立人において,相手方の所在を捕らえ,強制執行対象の財産を特定するなどの負担を伴い,それを怠ると,
空手形になりかねません。支払い意思の確認と支払いの動機付けに重点を置かざるを得ないのが実情です。
先日、「公正証書の重みでしょうか,元夫は遅れ遅れしながらも何とか最後まで養育費を支払ってくれました」との近況報告を受けています。
第5 財産分与と税金
財産分与や慰謝料には,贈与税や一時所得としての所得税はかかりませんが,分与財産が婚姻中の夫婦の協力によって得た財産の額その他一切の事情を考慮してもなお過当であったり,
脱税と認められる場合には課税されます。不動産の場合,移転登記する段階で登録免許税及び不動産取得税が課せられます。これらを知らないで財産分与の合意をすると,
錯誤により無効となることがあり得ます。
第6 FPICにおける合意と強制執行力
FPICでの合意に執行力を付与するためには,他のADRと同様,そこでの合意を公正証書にする必要があります。遺言公正証書の作成に際して,
FPICから立会証人を派遣してもらっていますが,今度はFPICでの離婚の合意に公証人が協力する番です。
第7 結語
かつては仲人が夫婦げんかの仲裁をしましたが,その仲人もいなくなり,当事者が十分話し合いをしないまま離婚する傾向がみられます。
夫婦のかすがいである子どもが犠牲とならないように,FPICによる夫婦関係調整を期待します。
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