1 変わる制度
中華人民共和国発足以来,離婚の法的判断基準は「感情的に真に破綻しているかどうか」ですが,政治・社会的環境や法政策の影響を受けてきました。
'80年代まで離婚をすることは非常に困難でした。職場や近隣,村の委員会等所属するコミュニティの調停というハードルを乗り越えて,ようやくたどり着いた裁判所では,
裁判官が調停をして和合を試みるのです。
しかし,1989年人民最高裁判所のガイドラインにより,14項目の状況においては離婚が認められるようになりました。その結果,90年代末,
ある地方の離婚率は20%に達したとの調査もあり,このガイドラインはあまりに自由過ぎるとか,家族関係を不安定にし,軽はずみな結婚につながると批判されました。
それに対して2001年施行の現結婚法は,@重婚状態,あるいは第三者と同居している、A家族に対するDV,虐待,遺棄がある,Bギャンブルや薬物依存等矯正しがたい悪癖,
C愛情の不調和による2年以上の別居,Dその他の感情が破綻している状況という5項目に限って離婚が認められるようになりました。
しかし,第5項の「その他の状況」には詳細な説明はありません。1989年のガイドラインにはあった「いずれかが懲役刑を受けている」,
「性交渉や妊娠を妨げる病気」といったいくつかの状況は抜け落ち,新法では感情的関係が破綻しているか否かは裁判官の裁量の問題となり,
掲げられた4つの状況も,最高裁判所が細かく規定しているDV以外,問題の深刻さは裁判官が判断するのです。
しかも新法においても裁判官による調停は必須であり,裁量の余地がさらに残されています。おそらく中国民法の運用上,最も特異な側面でしょう。
つまり,離婚訴訟の原告は,法律によって,まず調停により裁判官から和合を求められ,調停が成立しなかった場合に,裁判官が離婚を認めるか認めないか判断します。
義務的な調停を経た結果として,調停和合,調停離婚,離婚判決,離婚請求棄却の4つのうちのひとつの結論となるのです。
2 現在の離婚訴訟実務
定められた手続によれば,担当の裁判官はまず現地調査を指揮し離婚の本当の理由を調査します。次に双方の当事者を呼び,社会と家庭の安定の大切さを説き,
夫婦を批判し観念的に教育します。親族や近隣,勤務先からのプレッシャーが裁判所を通じて加えられ,物的証拠も集められ,原告の抵抗を封じ,
「自分が間違っていた」と和合へと結論づけられるというのが旧法下の状況でした。法手続上は新法も同様です。
国の法律年鑑によると,調停離婚・裁判離婚とも非常に大きな数を占めています。数々の研究では,離婚のほとんどは双方に離婚そのものには合意ができているが,
財産分与や親権の問題に争いがあるもので,裁判所は離婚を認めざるを得ず,経済給付と親権の解決が裁判所の主たる仕事となります。これに対し,
離婚自体に双方の対立があるケースの実務について,広東省の地方裁判所で'04年から'06年に係属した離婚訴訟60件を,記録の閲覧,法廷傍聴,
裁判官へのインタビューをとおして調査しました。記録のほとんどは審問の記録で,当事者が提出した証拠書面もかなりありました。
現地調査はごく一部の事件で行われているに過ぎず,その記録は簡単で要約のみ,離婚の真の理由に迫るものは見当たらなかったといいます。
裁判所の調査対象となった近隣委員会職員も当事者をほとんど知らず,得られたのは夫婦の子どもや仕事,人柄等一般的な印象程度です。
傍聴した離婚事件のひとつは,結婚して1年後に夫側が訴訟を提起したものです。夫は妻がたびたび仕事で出張し連絡先も知らせないこと,
夫婦間及び妻と夫側の親族との間にも口論が起こっていることを訴えますが,紛争はさほど深刻でもなさそうです。しかし法廷は違う方向へ向かうことになりました。
双方の親族がそれぞれ8〜10人,90キロの遠方からミニバンを借り上げてやって来ているので,法廷は大混乱です。
裁判官が質問する度に夫婦双方とも親族に相談して答え,まさに双方の親族を巻き込んだ紛争です。ついに夫は,訴状には書かなかった,妻が性交渉に応じないこと,
それは妻が病気なのではないかと訴えました。法廷は静まり返ります。しかし担当裁判官は夫婦の婚姻中に築いた財産を尋ねると審問を終了し,
調停移行を宣言し,妻及びその親族を退廷させました。夫とその親族の前で裁判官は「あなた方は安易に結婚し,その後もあまり愛情を育んでいない。
しかも妻は離婚を望まない。この状況では裁判所が離婚を認めることはできない。和合するか,訴えの取下げを勧めます」と言いました。
しかし夫は和合を拒むので,「このまま訴訟を続ければ棄却となる。そうなれば夫婦も親族も争いをエスカレートさせることになるだろう。
しかし取り下げれば,直接的な対立は避けられる。しかも6か月後には再度の訴訟を起こすことができ,その間問題が解決されていなければ離婚を認める証拠となり得る。
取り下げるなら,妻には,裁判所の努力の結果,夫婦の関係が維持できると伝える」と説明したので,夫は取り下げました。
この裁判官は,「すべてをチェックする時間も手段もない」と離婚理由の真否を判断するために,さらに審問を続けることや調停に時間を割くことに関心を示しませんでした。
3 背景
このように第一審の裁判官は積極的に調停を行わず,離婚棄却の可能性を示し,原告に取下げを勧めることが恒常化しているようです。
その背景として,ひとつには社会環境が変化し調停の大きな支えになっていた地域や職場の共同体としての力が減少し,夫婦の私生活に影響力が及ばなくなったこと,
裁判所自体に,調停で説得するに足る道徳的権威や有効な手段がなくなったことも関係しています。しかし,'99年人民最高裁判所長官が司法とその有効性に向けて制度改革を導入し,
既済・未済事件数,受理事件の終局率,上訴率,差戻し率,苦情申立率等が,裁判所業務の主要判断基準になりつつあることは無視できません。
個々の裁判官の評価基準にも数値が導入され,基準に達しない終局率や基準を超えた上訴率は減点の対象とする規則も導入されました。
裁判官の関心は当然ながら自分の身を守る方向へと向かいます。できるだけたくさんの事件をできるだけ早くこなし,しかも上訴をされないように,
原告・被告の双方に受け入れられる結論に導くことになります。
「たいがいの第一審では,感情的に破綻しているとしても,双方が財産・親権等すべてに同意しない限り,離婚は認めない。
どれだけ時間をかけて慎重に判断しても必ずどちらかに不満を残すから」,「法廷に農薬を持って来る当事者もいます。
両当事者が受け入れるかどうかが,最大の関心事です」と言う裁判官もいます。
4 おわりに
ここで紹介した中国の裁判官による調停は,日本の家事調停とはまったく異なるものです。中国では,さらに迅速性・効率性を重視して,
形式的に開催されて事件の取下げを誘導する方向へ進みつつあるようです。有効な裁判の見極めのひとつとして,上訴率を用いていることが紹介されていますが,
調停や裁判のクオリティの高さをどう測ったらよいかということは,国境を越えて悩ましい問題です。せめて当事者が十分に話し合えたとか,
審理しつくされたと実感できるような調停や裁判を考えていきたいものです。
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